谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士

経営理念・事業戦略策定、Webマーケティング・法人営業力強化などを支援している人間の頭と腹の中身。

空と雲 おはよう引用

僕が隔月で受けているコーチング、今回が7回目でした。

《過去のコーチング記録》
「初めてプロのコーチングを受けました(コーチングの基本を学ぶ)」(https://onl.la/yra47E5)
「2回目のコーチングを受けました(自分の価値観と向き合う)」(https://onl.la/BctEJ9D)
「3回目のコーチングを受けました(矛盾した経営観をよしとする)」(https://onl.la/5iJzTix)
「4回目のコーチングを受けました(夫婦間の関係をよりよくする)」(https://onl.la/biWtf9a)
「5回目のコーチングを受けました(2026年までになりたい自分)」(https://onl.bz/c6YKSQB)
「6回目のコーチングを受けました(「わいがやな世界」を実現する)」(https://onl.bz/FxrMbvP)

前回のコーチングでは、「新しい日本的経営」=「明確な経営理念や突出した強みがなくとも、限られた手持ちの資源、とりわけ人とのつながりをベースに、偶然の出来事を直観的に活用しながら、予期せぬ方向へと事業が展開することを楽しむような経営」=「わいがやな世界」を僕自身が土浦駅近隣で体現するために取るべきアクションを洗い出しました。

そして、それから2か月の間に、起業家を目指す人たちが集まる生涯学習講座に参加したり、土浦市の「中心市街地活性化基本計画」策定委員会を傍聴してみたりしたことをコーチに報告しました。

しかし、まだまだ十分な人脈を形成することができていないことが課題です。僕の周りの中小企業診断士の中には、非常に人脈作りが上手で、セレンディピティ(幸運な偶然を引き寄せること)を起こしながら仕事の幅を広げている人がいます。

「人脈作りが上手な人の特徴は何か?」とコーチは僕に問いかけました。僕は、①「この人と言えばこれ」という核があること、②核に引き寄せられた人と自分、あるいは核に引き寄せられた人同士を結びつけて、フィールドを派生させられること、の2点を挙げました。

僕も、例えば「ドラッカー勉強会」や「論語を経営に活かす会」といった勉強会を開いて自分なりに核を作っているつもりですが、なかなか勉強会から新たなフィールドを派生させられていないことにもどかしさを感じています。

核が固すぎる(=勉強会の題材が固すぎる)ことが原因の1つかもしれません。しかし、人脈作りが上手な周りの診断士を見ていると、例えばスマートシティに強いとか、財務会計に強いといった具合に、必ずしも柔らかいテーマを核としているとは限らないことに気づかされます。

よって、①と②でより重要なのは、②だと考えます。コーチは、「人脈作りが上手な人は、なぜ派生させることができるのか?」と尋ねました。僕は、自分と相手との間で相互理解を深めるのが上手なのだろうと答えました。

何に興味があるのか?どんなことを得意としているのか?今、何をしようと考えているのか?そして、何か困っていることはないか?といった情報を相手から上手に聴き出す。さらに言えば、相手がそれらの情報を安心して提供できるように、自分の方から積極的に情報開示する。そうすることで、相互理解を促しているのだろうと考えます。

お互いのやりたいこと、お互いの困っていることが見えてくると、「偶然だね、私もそれをやりたいと思っていたところなんだ。是非一緒にやろうよ」、「僕はこれが得意だから、あなたの困りごとを助けてあげられるかもしれない」といった具合に、協働関係が生まれ、新しいフィールドが広がっていくでしょう。

…と、ここまでコーチと一緒に議論したところで、コーチはこんなことを言いました。

「谷藤さんは、人脈を増やす『ために』何ができるか?と考えているが、谷藤さんが望んでいるのは、『目的志向』がない世界ではなかったか?」

確かに、僕がよく口にしている「新しい日本的経営」とは、組織の目的を示す明確な経営理念などがなくても、運や縁、直観や身体知をベースとして十分に機能する経営のことです。その僕が、「人脈を増やす『ために』」と言うことで、目的志向に陥っているとコーチは指摘したのでした。

その上でコーチは、「今、好き勝手できるとしたら何をするか?」と、僕にゼロベース思考を迫ってきました。人脈を広げるという目的をいったん離れて、僕が心の底から楽しいと思えることをやるようにアドバイスしてくれました。

「結果がどうなるかは解らないけれども、『やり散らかしてみる』。その方がかえってセレンディピティが生まれるかもしれない」と言って、コーチは今回のセッションを締めくくりました。

コーチング終了後に、クリスチャン・ブッシュ(2022)『セレンディピティ―点をつなぐ力』(東洋経済新報社)を読み返したら、こんなくだりがありました。

「レイラをはじめ私が研究の過程で出会った人々は、自らの好奇心と周囲を助けたいという心からの願いに従ってきただけだ。『進むべき道が見えている』という確信があったわけではない。レイラは人生の目的を見つけようとしたことなどない。

他の人には目的を遂げるのに必要なリソースや人脈があるのに、自分には制約しかないなどと行動しない理由を探すのは時間の無駄だと考えている。他の人と比べて特別秀でても劣ってもいない。単に自分がしたいことを選びとり、それが正しいと感じられるから日々取り組むだけだ」(p78-79)

「人生の目的を見つけようとしたことなどない」、「単に自分がしたいことを選びとり、それが正しいと感じられるから日々取り組むだけだ」という言葉に非常に救われた気がしました。次回(8月)のコーチングまでの間は、目的志向から離れて、もっと僕の心が赴くままに楽しいことを色々と仕掛けてみようと思います。

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2023年は関東大震災(1923年)からちょうど100年にあたります。

関東大震災の時、混乱の最中で「朝鮮人の暴動」、「朝鮮人の放火」などの流言が広がり、多くの朝鮮人が虐殺されました(ネットの保守層や嫌韓派の中には、「虐殺」はなかったと主張する人がいますが、本書の著者によると、少なくとも学者レベルでは、「虐殺」はなかったとする見解はないそうです)。

なぜ日本人が多くの朝鮮人を虐殺したのか、その理由は震災による社会的混乱の中で生じた「精神異常」だと説明されることがあります。しかし、著者は一時的な精神異常でこれほどまでに虐殺が蔓延するものなのかと疑問を感じ、近代の日朝間の歴史を、ジャーナリストらしく様々な資料を丁寧に読み解きながら解明していきます。

そこには、我々が間違って教えられている、あるいは全く教えられていない歴史の数々がありました。

①日清戦争(1894-95年)は、朝鮮で東学農民の乱が生じたのをきっかけに、清国と日本がそれぞれ朝鮮に出兵し、日本が両国で朝鮮の内政改革にあたることを提案したものの、清国がこれを拒否したために勃発したと説明される。いわば、日本側に開戦の大義名分があったとされる。

ところが、実際には日本が朝鮮王宮に対して武力行為を働いて無理やり親日政権を発足させ、その政権から清国軍駆逐の依頼を受けたという形で戦争を始めたのである。

②東学農民は、元々は朝鮮政府の腐敗した政治を批判し、弊政改革を目指していた。だが、日清戦争における日本の横暴な振る舞いに朝鮮の民衆は憤り、東学農民軍は今度は日本に対して蜂起した。

そうした農民軍の動きを日本は軍事力で鎮圧した。農民側の犠牲者は非戦闘員も含めると3~5万人に達すると試算する研究もある。しかし、日本軍が具体的に何をしたのか、戦いの詳細を物語る資料は、日本側には断片的にしか残っていない。

③日清戦争に勝利した日本は、日韓議定書(1904年2月)、第一次日韓協約(1904年8月)、第二次日韓協約(1905年11月)、第三次日韓協約(1907年7月)を経て、1910年8月に韓国併合条約を締結した。

この過程はすんなり進んだわけではなく、朝鮮側の多くの義兵が日本軍と戦っている。義兵の討伐は1911年まで続いた。その間の衝突の総数は2,852回で、17,779人の暴徒を殺戮し、日本側の死者は136人であったと、朝鮮駐箚軍司令部の『朝鮮暴徒討伐誌』は集計している。統計に含まれない民間人の犠牲も多かった。

④第一次世界大戦終結後、アメリカのウィルソン大統領が「民族自決」の原則を説くと、それに影響されて朝鮮では三・一独立運動(1919年)が起きた。当時の原敬内閣は、陸軍六個大隊の派遣を閣議決定した(東学農民軍の討伐に増派したのが一個大隊だったのに比べると、相当の規模である)。この他にも、政権の中枢では、あらゆる重要な意思決定が下されたはずである。

ところが、政策決定に関する当時の記録は、実は皆無に等しい。著者は、「意図的に処分された」と推測する。第一次世界大戦で戦勝国となった日本は列強に名を連ねようとしており、欧米から三・一独立運動のことで後ろ指を指されたくなかった。そこで、この問題を「軽微な事件」として扱うことにしたのであった。

⑤韓国併合の前後から、日本の支配に納得できない人々は、国境を越えて中国やロシア領に移り住み、そこえ独立運動を展開するようになった。今日では中国・吉林省の一部で、延辺朝鮮族自治州となっている間島(かんとう)はその拠点であった。

1920年になると、独立運動軍が国境を越えて朝鮮に攻め込むことも頻繁になった。1920年の9月と10月の2回にわたって琿春(こんしゅん)が馬賊(主に満州近辺で、騎馬の機動力を生かして荒し回っていた賊)によって襲撃され、日本の民間人が犠牲になると、朝鮮軍司令部は間島出兵を決断した。

だが、著者は関東陸軍がまとめた『間島出兵史』を読んでも、日本軍の敵が馬賊だったのか朝鮮人だったのか釈然としない、と述べている。日本軍は朝鮮人に対して、何か得体の知れない恐ろしい存在という漠然とした印象を持ったまま戦っていたようである。

⑥関東大震災で朝鮮人を虐殺したのは、全国で”自然発生的に”形成された「自警団」だったとされる。しかし、震災直後の混乱の中、各地で一斉に自警団が組織されたとは考えにくい。実は、自警団の基本的な枠組みは、米騒動(1918年)を契機に、警察の主導で整備されている。

自警団の中心となったのは、「在郷軍人会」である。日露戦争の教訓から、現役兵の常備部隊だけではこれからの戦争を遂行できないと痛感した陸軍が1910年に導入した制度で、現役の兵役を終えた予備役や後備役の国民を日常的に統制、監視することが目的であった。

関東大震災の際に自警団の中核であったメンバーは、かつて朝鮮で義兵と戦い、間島出兵に関わって抗日パルチザンと対峙した兵であった。彼らにとっては長らく、朝鮮人=不逞であり、震災時の混乱に乗じて、朝鮮人の虐殺に容易に加担してしまったのだろうと著者は分析している。

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「アジア太平洋地域はこの先、アメリカのプレゼンス低下に伴い、中国の草刈り場にならざるを得ないと私は考えます」、「これから日本が果たすべき役割とは、台湾を含む海洋アジア諸国を束ねて、NATOのような集団安全保障機構を構築することだと私は確信します」(p311)

「日本は、『アメリカを頼るか』『中国にすがるか』という二者択一の依存症的思考を改め、将来、アメリカが東アジアから退くときに備えて、多国間での安保体制の準備を今から進めておく。米中新冷戦が始まった今が、その絶好のチャンスなのです」(p312-313)

というのが本書の結論です。

著者は地政学的な観点からこのように述べていますが、本書の大半は現在の中国の戦略の原点を春秋戦国時代の諸子百家の思想に求めると同時に、現代のアメリカ政治がいかにして形成されたのか、その歴史を丁寧に紐解くことに割かれています。

個人的には後者の話が非常に勉強になりました。

①アメリカの13植民地がイギリスとの独立戦争に勝利し、これから国づくりをするという段階で、欧米列強と肩を並べて発展していくには強力な中央政府が必要だとする「連邦派」と、13の国々がそれぞれ自治を行い、国家連合を形成すればよいとする「反連邦派」に分かれた。

連邦派は北部の産業界が支持基盤、反連邦派は南部の農場主(プランター)が支持基盤であった。当時のアメリカ産業はまだ脆弱であり、政府による保護貿易を求めたのに対し、既に発展が進んでイギリスとの自由貿易を行っていた農場主は、自らの裁量を重んじた。前者が後の共和党、後者が後の民主党へとつながっていく。

②奴隷制の是非をめぐってアメリカ国内が分裂した結果起きた南北戦争(1861-65年)では、共和党のリンカーン大統領が率いる北部が南部のアメリカ連合国に勝利したことで、アメリカは農業国から工業国に転換した。

アメリカ経済が急成長すると、アメリカに職を求めてヨーロッパから大量の移民が流入した。工場で低賃金労働を強いられ、経済的に困窮する彼らに救いの手を差し伸べたのが民主党であった。

民主党は、黒人奴隷制度を維持しようとして南北戦争に敗北した後、生き残るために「移民労働者の味方」と看板を架け替え、福祉を充実させて大きな政府を志向するようになった。反対に、共和党は開拓農民の味方となり、かつての民主党の路線であった「自由競争、小さな政府」を掲げるようになった。

③工業と貿易の発展によりアメリカに大量の金(Gold)が蓄積されるようになると、19世紀末には金融機関の統廃合が進み、巨大銀行の設立が相次いだ。それを支えたのはユダヤ系の人々である。

欧州に安住の地を持たなかったユダヤ人は国境を越えた投資で利益を得ているため、移民に寛容でグローバリズムを志向する民主党を支持するようになる。

④アメリカでは、通貨ドルの発行権を誰が握るのか、長い綱引きがあった。それに決着をつけたのが、ニューヨークの金融資本と初めて手を組んだ民主党のウィルソン大統領である。ウィルソンは、通貨発行権を民間の大銀行に委ねた。1913年、民間の大手銀行が共同出資者となって、新たな中央銀行であるFRBを立ち上げ、ドルの発行権を独占させた。

FRBの理事長は大統領が任命するものの、政策決定権は出資額に応じて民間銀行が握っている。その下に、全米12地区に置かれた連邦準備銀行があるが、重要なのはニューヨーク連邦準備銀行である。このニューヨーク連邦準備銀行設立時の株主に名を連ねていた10の金融機関のうち、実に9行がユダヤ系金融機関であった。

⑤本来、「リベラル」という言葉は、個人の自由を尊重し、国家に頼らず、自分の生活は自分で守っていくという考え方のことで、小さな政府を志向する共和党と親和性が高いものであった。

ところが、1930年代の世界恐慌時に大統領となった民主党のフランクリン・ローズヴェルト大統領は、「大きな政府によって国家が丸ごと個人の面倒を見ることが、個人の自由の実現につながる」と主張し、リベラルの意味を書き換えた。

そこで、本来のリベラルは、「グラスルーツ・コンサバティブ」、いわゆる「草の根保守」と呼ばれるようになる。現在の共和党の支持基盤は、この「草の根保守」である。

福祉重視の民主党的リベラルに反対する運動には、「ティーパーティー(茶会)」もある。かつて、イギリスの圧政に抵抗する人々がボストン茶会事件(1773年)を起こしたことを想起させる名称である。「ティー(tea)」は、「税金はもうたくさんだ(Taxed Enough Already)」の頭文字でもある。

元々のリベラル、すなわち個人の自由を重視する思想を究極まで突き詰めていくと、「リバタリアニズム」となる。国家による一切の介入を拒否し、課税は私的所有権の侵害と見なし、福祉を否定し、自分の身は自分で守るという立場である。リバタリアニズムでは信仰、中絶、同性婚も自由となるので、これらを侵害する「福音派」とは対立関係にある。

⑥現在の共和党には、「ネオコン(新保守主義)」と呼ばれる一派もある。ネオコンのルーツはロシア革命にある。

帝政ロシアはユダヤ人を迫害したため、革命には多くのユダヤ人も関与していた。しかし、1914年のレーニンの死後、共産党内でユダヤ人グループと反ユダヤ人グループが衝突する。ユダヤ人グループを率いていたのがトロツキー、反ユダヤ人グループを率いていたのがスターリンであった。

スターリンによってユダヤ人が粛清されると、アメリカではスターリンを敵視するようになる。その反動で、トロツキーの思想を支持する「トロツキスト」が現れ、ソ連を打倒すべきだという考えを持つようになった。これがネオコンの始まりである。

「世界革命論」を唱えていたトロツキストであるネオコンは、世界に干渉してアメリカ的価値観を世界に浸透させようとするウィルソンやF・ローズヴェルトの思想と共振する。こうして、民主党はネオコンの温床となった。

現代に入り、イスラエル周辺のアラブ諸国がソ連の軍事援助を受けてイスラエル包囲網を形成したことで、ネオコンは対ソ強硬姿勢を強めていく。ところが、民主党の対ソ政策が及び腰でふらふらしていることにいら立ちを隠せなくなる。

冷戦末期、共和党のレーガン大統領が「強いアメリカ」の復活を宣言すると、ネオコンは今度はレーガン政権の中に潜り込んでいった。ネオコンはレーガン政権からクリントン政権を挟んでブッシュ(子)政権まで共和党を支配した。

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主人公は、冷凍餃子の製造・販売会社に勤めるうだつの上がらない会社員。電車で一緒に乗っていた後輩の女性社員がチンピラに絡まれても、助けることさえできない臆病者。そこに現れた謎のロシア人”ゲオ”がチンピラを見事に退治してくれた時、主人公は初めて自分の人生を変えたいと決心しました。

その後、偶然にもゲオとの再会を果たした主人公は、ゲオから「システマ」の教えを受けることになります。システマとは、ロシア軍特殊部隊の将校であったミカエル・リャブコ氏によって始められた格闘技のことです。本書では「人生を楽しく生きるための原則」として紹介されています。

17の原則を読んで、僕の20代終盤から30代にかけての人生が楽しくなかった理由がいくつか解った気がします。

前職のベンチャー企業に勤めている間に精神疾患を発症したこと、そのベンチャー企業が深刻な経営不振に陥ってリストラに遭ったこと、持っていた中小企業診断士を活かして仕事を始めたものの、激務の割に成果が出ず5回も精神科に入院したこと、とある企業の新規事業の支援をしたところ、その事業が見事に失敗して全財産を失ったこと、その果てに離婚を経験したこと。

今思い返しても、非常に辛い時代でした。しかしそれらの相当程度は、僕自身の悪い習慣が呼び寄せたものだったと考えます。

【①目的を達成しようと早く動きすぎた】
「ゆっくりやるだけでも、人は多くの気づきを得る。無闇に急いでいる人間は、見落としてはいけない大切なことを見落としてしまうのや」(p54)(※ロシア人のゲオはなぜか関西弁で話します(笑))

特段の専門性もないままに、前職の会社からのリストラを機に独立診断士となった僕は、早く自分の専門性を確立しなければと焦っていました。しかも、他の診断士と被らない専門性を磨くために、なぜか国際政治や経済の専門家になろうとしていました。

そのために、関連書籍を年間200冊以上読んだり、ブログを年間で50万字近く書いたりしていた時期があります。とにかく、早く読み、早く書くことに命を懸けていました。

その結果どうだったか?はっきり言って、読んだ本の内容はほとんど覚えていません。書いた内容もほとんど覚えていません。自動車を運転する際、スピードを上げると視野が狭くなり危険だと言われます。僕は完全に視野狭窄に陥っていました。

今は仕事の速度をかなり落としています。回り道も厭わないようになりました(好奇心旺盛で、あちこちに関心が移る現在の妻の影響もあります)。そもそも、明確な目的を持つこと自体を止めつつあります。端的に言って、目的に拘束されるのが苦しいからです。

【②全て自分1人でやろうとしてしまった】
「命令しても人は動かん。何かを『任された』と感じたときに、初めて人は動いてくれる。ただし、任せるっちゅうても、丸投げとは違う。ポイントは、指示を出すときには必ず、チームのメンバーに『自分で判断する余地を残す』ということやな」(p280)

①とも関連しますが、一時期僕は「朝鮮半島の分断に終止符を打つ」、「中東和平を実現するために日本が果たすべき役割を明確にする」といった目的を本気で打ち立て、そのために1人で必死に勉強していたことがあります。

今考えると、こんな大きな問題は、多くの利害関係者が知恵を出し合って解決すべきことであって、どこの機関にも属さないばかりか、朝鮮半島や中東に行ったこともない一個人の手に負えるものではありません。手柄を独り占めしたいというエゴの現れだったと反省しています。

現在僕は、「伝統的な経営」に対して「新しい日本的経営」なるものを模索しています。

簡単に言うと、伝統的な経営とは、知識資源をベースに、理性を使って戦略的な計画を策定し、実行するものです。これに対して、人的資源をベースに、身体知を使い、運と縁を頼りに経営するという別の道があってもよいのではないか?とぼんやり考えているところです。

新しい日本的経営は、人的資源や縁に立脚するというその本質からして、他者と一緒でなければ絶対に実現できません。任せ、任せられる関係、持ちつ持たれつの関係を上手に構築していきたいと思います。

【③身体が発する声に耳を傾けなかった】
「客観的な情報や経験から『大丈夫』と思っても、身体が発する『危険サイン』を無視したらあかんのや」(p181)

フリーランスとして仕事をしていると様々な仕事の依頼が来ますが、中には僕を搾取するだけなのではないか?と疑いたくなるようなものもあります。そういう仕事に対しては、身体が本能的に危険を感じ、サインを出すものです。

しかし、僕の危険察知機能が完全に故障してしまったことが2度あります。ある診断士の紹介で海外事業関連のコンサルティングを引き受けた時、とある企業の新規事業(資格ビジネスの立ち上げ)の支援をした時の2度です。

いずれも、直観的に「この仕事はまずい」と感じる瞬間が幾度もありました。ところが、今この仕事を中止すると目先の収入が減ってしまうことを恐れて、ずるずると仕事を続けてしまいました。他のメンバーはさっさと逃げて行ったのに、最後まで残った僕はひどい目に遭いました。

「危険を感じたらさっさと逃げろ」というのは、その時以来僕にとって重要な教えとなっています。本書を読んで再確認しました。僕は、不安や恐れを感じると息を長時間止める癖があり、それが重要なサインの1つです。

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【書き下し文】
子の曰わく、学んで思わざれば則ち罔(くら)し。思うて学ばざれば則ち殆(あや)うし。
(為政第二 第十五章)

【現代語訳】
先生がいわれた、「学んでも考えなければ、〔ものごとは〕はっきりしない。考えても学ばなければ、〔独断におちいって〕危険である。」

僕はこの文章を次のように読み替えたいと思います。「学んでも実行しなければ、物事ははっきりしない。実行しても学ばなければ、独断に陥って危険である」。

最近、リスキリングと称して、社員の教育研修に多額の投資がなされるようになっています。しかし、いくら研修で素晴らしいことを学習しても、現場でそれを実践することができなければ、投資はムダになります。

僕は、研修が現場で効果を発揮するには、4つの条件が必要だと考えます。

1つ目は「業務改革」です。しばしば、「研修で新しいノウハウや手法を学んでも、現場で使う機会がない」という声を聞きます。こうした事態を防ぐには、新たなノウハウや手法の活用が必須となるような業務プロセスに、あらかじめ変えておくことが大切です。無駄な業務を省き、新しい業務を実践できる余地を作っておかなければなりません。

営業担当者にソリューション営業研修を実施するのであれば、従来の御用聞き営業を止め、ソリューション営業のステップを営業プロセスの中に組み込む必要があります。マネジャーにコーチング研修を実施するのであれば、余計な調整業務を取り除き、部下へのコーチングをマネジメントの一環として位置づける必要があります。

2つ目は「上司の理解」です。いくら受講者の業務が新しくなっても、上司の頭の中が古いままだと、「研修と仕事は別だから、私(上司)の言う通りにせよ」などと、上司自身の過去の体験を受講者に押しつけてしまいます。

研修を実施する際には、受講者だけでなく、上司の頭の中もアップデートしなければなりません。最も望ましいのは、受講者と同じ研修を上司にも受けてもらうことです。ただし、時間的に難しい場合は、短時間でもよいので上司に対する説明会を設けることが助けとなります。

3つ目は「ITによる業務支援」です。新しいノウハウや手法を受講者が全て自力で行うと負荷がかかります。その負荷を少しでも低減できるよう、活用できるITはとことん活用したいところです。

先ほどのソリューション営業の例で言えば、営業プロセスの進捗を管理するSFAなどのシステムを同時に導入すると効果的です。コーチングの例で言えば、部下に効果的な質問を投げかけるのを支援してくれるAIの導入が考えられるでしょう。

4つ目は「評価制度」です。研修で学んだことを実践したら適切に評価される仕組みに変えることが極めて重要です。人間誰しも、評価されないことは進んでやらないものです。

現場での実践が積み重なっていけば、個々の社員の中に個別のノウハウが溜まっていきます。それをそのままにしておくと、業務が属人化し、業務の引き継ぎや、新しく入社した社員への教育が難しくなってしまいます。

そこで、個々のノウハウを吐き出し、組織共通で使えるナレッジへとまとめ上げ、それを再び個々の社員の中に落とし込むことが大切です。一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が「SECIモデル」として提唱したものです。

SECIモデルでは、個々の暗黙知を形式知化する「表出化(Externalization)」、個々の形式知を組織の形式知へと統一する「連結化(Combination)」、形式知を各人が暗黙知として理解する「内面化(Internalization)」、各人の暗黙知をOJTなどの共通の体験を通じて共有する「共同化(Socialization)」という4つがサイクルをなしています。

僕が知っているある研修会社は、顧客企業に対して、通常の研修の他に「ノウハウ共有会」というサービスを提供しています。講師がファシリテータとなって、集まった受講者に対し、次のような問いを投げかけていきます。

・最近、上手く行った仕事は何か?
・なぜそれは上手く行ったのか?どんな点を工夫したのか?上司や同僚、部下をどのように活用したのか?
・成果を出すまでに苦労したのはどんなところか?どうやってその苦労を乗り越えたか?
・それぞれの受講者のノウハウを総合すると、我が社の”勝ちパターン”は何だと言えるか?
・その勝ちパターンを明日から現場でどのように実践するか?

ノウハウ共有会を成功させる上でも、「評価制度」を変えることは大切なポイントとなります。とりわけ、営業担当者同士でノウハウを共有する際には非常に重要です。というのも、営業担当者は自分のノウハウを教えると、他の営業担当者に自らの受注を横取りされるのではないかと恐れるからです。

ある企業では、この問題を回避するために、「本人の営業成績」に加えて、「他者への貢献度」を評価項目としたそうです。他の営業担当者の成果創出につながるノウハウを積極的に開示した営業担当者が評価されるという仕組みです。

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【書き下し文】
子の曰わく、其の以(な)す所を視(み)、其の由(よ)る所を観(み)、其の安んずる所を察すれば、人焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや、人焉んぞ廋さんや。
(為政第二 第十章)

【現代語訳】
先生がいわれた、「その人のふるまいを見、その人の経歴を観察し、その人の落ちつきどころを調べたなら、〔その人がらは、〕どんな人でも隠せない。どんな人でも隠せない。

今は多くの企業が人手不足の状況にあり、求人に応募があるとすぐに採用したくなります。しかし、不適切な人材を採用すると、その人が望ましいパフォーマンスを上げられないばかりか、一緒に働く周囲の社員の士気にもマイナスの影響を及ぼします。

今回の文章は、採用面接時のチェックポイントを教えてくれるものです。応募者の振る舞いを見、経歴を観察し、落ち着きどころを調べれば、どんな人でもその素性を隠すことはできない、その人柄を的確に見抜くことができる、という意味です。

まず、面接で応募者の振る舞いを見ていない企業はないでしょう。社会人としてのマナーをわきまえているか、はっきりとした口調で話すことができているか、動作はきびきびとしているか、穏やかな表情を保つことができているか、といった点はどんな面接官でも必ず見ています。

問題は2番目からです。多くの企業は応募者の職務経歴書を読んでいますが、自社が募集をかけているポジションで求められる能力や経験と、応募者の能力や経験が本当にマッチしているかどうかは、面接での質問を通じて丁寧に確認していく必要があります。

面接では、応募者が前職のポジションで上げた成果を尋ねた後、「その成果を上げるためにあなたはどのような行動を取りましたか?」と聞きます。具体的なエピソードが出てくるかどうかがポイントです。教科書的な答えや抽象的な話に終始する応募者は、この時点で落としてよいでしょう。

ただ、面接では応募者はどうしても自分のことをよく見せようとする傾向があります。本当は周囲の社員のおかげで高い成果を上げられたのに、まるで自分の行動だけで成果が上がったかのように話す人もいます

そこで、「あなたが成果を上げる上で、周囲の人はどのような貢献や協力をしてくれましたか?」と質問します。その回答が具体的に出てくる人は、周囲の社員の力を活用する力が強く、かつ周囲に気配りや感謝ができる人です。

周囲の力を上手に活用したとしても、成功エピソードばかり話す人も要注意です。失敗を経験したことがない人は柔軟性に欠けます。前職の成功体験を新しい職場でも押しつけてしまい、古くからの社員との間に亀裂を生むことがあります。また、新しい仕事で損失が出ても、成功するまで止めないといった精神論に陥り、早期の損切りができないこともあります。

応募者の失敗体験を引き出すには、「上手く行かなかった時期はありますか?その時期をどうやって乗り越えましたか?」と尋ねます。その回答に深みがあり、自らの失敗から高度な学びを獲得している応募者は、謙虚なハイパフォーマーだと言えるでしょう。

振る舞いに問題がなく、能力や経験が十分であっても、まだ適切な人材とは言えません。3番目の「落ち着きどころ」とは、言い換えれば応募者の価値観や考え方です。それが、自社の大切にしている行動規範と合致しているかどうかが最後のチェックポイントです。

どんなに能力が高くても、革新的でチャレンジングな企業風土の企業において、保守的な価値観の社員は活躍することができません。どんなに能力が高くても、ステークホルダーに対するバランスの取れた貢献を重視する企業において、過剰な顧客第一主義に走る人は活躍することができません。

ここでもポイントとなるのは、応募者から具体的なエピソードを引き出すことです。「あなたは新しいことにチャレンジしたがるタイプですか?」と尋ねても、実りある答えは得られません。

「最近、あなたが新しくチャレンジしていることは何ですか?なぜそれに挑戦しているのですか?それはあなたの仕事や人生にとってどんな意味を持っているのですか?」などと聞くことが有効です。

僕が知っているある歯科技工所では、高い技術力と最新の設備を武器に、実に多種多様な補綴物(歯の詰め物)を製作しています。この企業が経営理念の中で謳っている行動規範の1つに、「好奇心を持ち続けること」というものがあります。

例えばラボ内の掃除1つをとっても、掃除を通じて機械の構造を体系的に理解するなど、技術と知識の向上のために、あくなき好奇心を大切にしてほしい、という社長の想いが込められています。

最近、この歯科技工所は事業拡大のために採用活動を強化していますが、応募者の好奇心を見極めるために、「あなたが長年熱心にはまっているものはありますか?そのよさが解るように紹介してください」、「最近興味があることを3つ挙げてください。なぜそれらに興味を持っているのですか?」といった質問を投げかけているそうです。

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