png_20220917_092706_0000

本書は、ピーター・ドラッカーが1991年以降に書いた25の論文に2つのインタビュー記事を合わせて1995年に出版されたものです。ドラッカーは1909年生まれですので、何と80代での著書となります。


実は、ドラッカーが40~50代の頃に書いた著書(代表例が『現代の経営』)は、独特の言葉遣いや論理の組み立てが含まれており、非常に読みづらいです。しかし、本書は年を重ねて執筆術が円熟してきたのか、かなり平易な文章でまとめられているとの印象を受けます。


本書もまた、マネジメント、政治、経済、社会と多岐に渡ってドラッカーの慧眼をうかがい知ることができる1冊です。



今回の投稿では、「政府の役割」について取り上げてみます。ドラッカーは、20世紀に福祉国家が自らの仕事を膨張させた結果、袋小路に入っていることを批判した上で、こう述べています。


「いまやわれわれは、コミュニティや社会にかかわる政府の活動や事業のうち、目的を果たせるものは何であるかを知らなければならない。


それらの活動や事業から、いかなる成果を期待すべきか、連邦、州、市や郡の政府は、何を効果的に行なうことができるか。そして、政府が効果的には行なえないが、行なうべき価値があることについては、政府が行なう以外に、どのような方法があるかを知らなければならない」(p336)


政府全体の役割や成果を論じることは僕の力量をはるかに超えています。そこで、経営コンサルティング、中小企業診断士という僕の仕事と関係する経済産業省の役割について、少しだけ私見を述べてみたいと思います。


経済産業省の役割は「競争力ある産業を創出すること」です。ただし、経産省は事業体ではありませんから、自ら事業を経営することは不適切です(もし、経営に向いている人材を経産省が抱えているならば、即刻民間に放出した方がよいです)。


経産省がすべきことの第一は、「生産性が低い分野から生産性が高い分野への資源の移動を容易にする仕組みを作ること」です。


何が競争力ある産業となるかは、自由市場が決めます。経産省が決めることではありません。


ドラッカーは、日本の通産省による管理貿易は成功していないと指摘します。日本でグローバル競争力を持った産業は、管理貿易から外れていたものばかりでした。


(ちなみに、これと同じ議論をマイケル・ポーターは著書『日本の競争戦略』の中で精緻に展開しています)


経産省はあくまでも、競争力ある産業に資源が素早く移動できるよう、適切なルールや制度の構築に徹しなければなりません。



資源とは、ヒト、モノ、カネ、情報、知識のことですが、情報と知識の多くはヒトに紐づいています。また、モノの大半はカネで買えます。よって、経産省が円滑な移動を促すべき資源とは、ヒトとカネの2つになります。


ヒトの円滑な移動を促すには、まずは国際的に見て厳しすぎると言われる解雇の制限を緩和することが必須です(昨今議論されているジョブ型雇用を導入するならなおさらです)。


カネの円滑な移動を促すには、例えばベンチャーキャピタル(VC)の設立を現在よりもさらに容易にし、VCに対する投資税制をもっと拡充する必要があるでしょう。


ところで、最近の中小企業政策を見ていると、経産省は中小企業の後継者不足を問題視しており、全ての企業を事業承継させなければならないと言わんばかりの勢いで支援策を展開しています。事業承継に失敗すると、雇用が失われることに危機感を覚えているようです。


しかし、親族や社員の中から誰も後継者が現れず、M&Aによる買い手もつかないような企業までも事業承継させる必要はないと僕は感じます。


ほとんど誰にも魅力を感じてもらえない企業で社員が今後も働くことは不幸です。そのような社員は早く解放し、次のフィールドに挑戦させた方が得策です。


また、コロナ禍で実施されたいわゆる「ゼロゼロ融資」についても、僕は疑問を抱いています。


日本経済は長年デフレで苦しんでいます。デフレとは、供給が需要を上回っている状態です。コロナ禍では需要が縮小しました。ということは、供給過剰が加速したことに他なりません。


経産省がすべきことは、ゼロゼロ融資で企業を延命させ、供給力を維持することではありません。体力が乏しい企業にはこれを機に市場から退出してもらい、需要の縮小に合わせて供給力を絞るべきでした。


生産性が低い分野から生産性が高い分野へと資源を円滑に移動させるということは、一時的な敗者が相当数生じることを意味します。


彼らのためにセーフティーネットを整備することが経産省の第二の役割です。苦境に陥った企業や仕事を失った人を支援することです。


その支援は通常、補助金という形で付与されます。ところがドラッカーは、各国の社会福祉の失敗に触れながら、弱者に与えるべきは金ではなく能力だと喝破します。


僕は安倍政権の頃から、中小企業向けの補助金が乱立し、常態化していることに違和感を感じています。現在の補助金制度については、3つの問題を指摘できます。


1つ目は、構造的要因により経営が悪化した中小企業に支援対象が絞られていないことです。


銀行から普通に借り入れができるほど経営が優良な企業も、あるいは構造的な動乱とは関係なく自らの経営的怠慢のために不振にあえいでいる企業も補助金を受けられる仕組みになっています。


2つ目は、構造的動乱に翻弄されやすいその企業の内的な要因が、果たして補助金で実施しようとしている新規事業によって打ち消されるか、適切に評価していないということです。


現在の補助金の審査は、新規事業のビジネスモデルや組織体制、製造・サービス提供プロセスや販売の仕組みにまで踏み込み、次の構造的動乱に耐えうるものとなっているかまでは目が届いていません。


3つ目は、まさにドラッカーの指摘と重複することですが、補助金をあげっぱなしになっており、その後事業を軌道に乗せるために経営能力の高度化を支援する制度になっていないことです。


いわゆる認定支援機関がその役割を担うことになっているものの、補助金の申請支援止まりになっているところがほとんどなのです。


#本の紹介
#ビジネス書
#読書
#読書記録
#本が好き
#本好きな人と繋がりたい
#読書倶楽部
#本スタグラム
#読書男子⁡
#本のある生活
#おすすめ本
#やとろじー