アリストテレス(ブログ用)

《要点》
◆「意志の弱さ(アクラシア)」とは、「そうしない方が善いと考えて、そうしないことができるはずなのに、そうしてしまう、あるいは、そうした方が善いと考えて、そうすることができるはずなのに、そうしないこと」である。アリストテレスはこうした意志の弱さについて、『ニコマコス倫理学』の1巻を費やして論じている。

◆意志の弱さの問題は、「解っているが止められない」と考え始めるか、「解っていないから止められない」と考え始めるかによって、その解決が大きく分かれる。

◆アリストテレスは「理論的三段論法」の体系的な取り扱いで重要な貢献をしている。理論的三段論法とは、例えば、「全ての魚はエラ呼吸する」という「大前提」と、「全てのクジラは魚である」という「小前提」から、「全てのクジラはエラ呼吸する」という結論を導くものである(ただし、この場合は小前提が誤りであるため、結論も誤りとなる)。

アリストテレスは理論的三段論法と類似の三段論法、すなわち「実践三段論法」によって、まずは「動物の行為」を説明した。動物の場合、「私は飲むべきである」と欲求が言い(大前提)、「これが飲み物だ」と認識すれば(小前提)、動物はこれを飲むという行為に至る。

◆ただし、人間の場合は、「私はこれをすべき」という当為判断と、「今これをすることができる」という認識があったからと言って、必ずしも「これをする」という結論にならない。帰結するのは「私はこれをすべきである」という判断にすぎない。判断から行為に至るには、何かを介在しなければならない。

◆欲求と認識が1つになる過程が「思案」である。思案は、無限定なものが含まれている事柄について、目的について向かうものについてなされる。「善く生きる」という目的に向けて、可能なものの中から個別的な行為が「選択」される。その個別化された行為は、実践三段論法においては、(小前提ではなく)大前提に位置づけられる。この点が、意志の弱さの分析において重要な論点となる。

◆「甘いものは健康に悪いから食べない」と知っているのに、甘いものを目の前にした時にそれを食べてしまう、という意志の弱さを例にとってみよう。

正しい三段論法に従うと、「甘いものは健康に悪いから食べない」という大前提があり、甘いものを目の前にして「これは甘い」という小前提が働けば、「これを食べない」という結論に至るはずである。

ところが、「甘いものは健康に悪いから食べない」という大前提が<内在している>だけであり、実際には「全て甘いものは快い」という大前提が<働いている>と、「これは甘い」という小前提が揃えば、「快いものを食べたい」という欲望が生じ、「これを食べる」という行為に至ってしまう(疑似三段論法)。

◆個別的な事柄に関わる小前提の「無知ゆえの」行為は、場合によっては同情される不本意な行為であるのに対し、大前提の「無知であって」の行為は責められ得る。「甘いものは健康に悪いから食べない」という知を持っているのに、その知を用いておらず、「全て甘いものは快い」と思って甘いものを食べてしまうことは、大前提の「無知であって」の行為であり、意志が弱いと責められ得る。

《感想》NHK出版の「シリーズ哲学のエッセンス」に再び挑戦中です。

110ページほどの短い本なのですが、終盤で力尽きました(苦笑)。本書は20代の頃から数えてもう3~4回読んでいるのに、「徳と思慮」、「非難と責任の根拠」、「善と悪」などを論じている最後の約30ページは、アリストテレス固有の「術語」に加え、著者独特の論点の切り出し方に苦戦して、今回も全然理解できませんでした(だから、要点でも触れていません)

アリストテレスは、全ての行為には目的があると言います。その目的とは、「善く生きる」ことです。ポリスの一員として、政治的に善く生きるという意味です。「何が善いのか?」は社会が決めることであって、社会の規範に適うよう、人は「徳」を高めなければならない、というのがアリストテレスの主張でした。

つまり、善い生き方の実践は、1人1人の人間に委ねられていました。しかし、人間は「意志が弱い」ですから、実践が思い通りにいかないこともあります。そこで、規範を法として明文化し、法の実効性を担保する様々な社会的制度を整えていったのが近代だと言えます。人間の意志の弱さを仕組みによって補おうというわけです。

ここでも、「善さ」を決めるのは社会でした。ところが、現代は価値観が多様化し、社会が「善さ」を画一的に決めることが難しい時代となっています。環境、状況、関与する人や組織によって、その場で「善さ」が暫定的にしか定まらない局面が増えています。

この場合、「意志が弱い」とは何を指すのでしょうか?「善さ」が流動的であるならば、「善いと解っていながらそれをしない」ことが「意志の弱さ」だとはストレートに言えないように感じます。むしろ、「何が善いのかを決めるプロセスに参加しない」ことが「意志の弱さ」なのかもしれません。

1人1人の人間には、「自分だけで結論を急がないこと」、「困ったら周りに判断や助けを求めること」が求められます。しかし、これ自体が規範性を帯びており、「意志の弱さ」によって実行できないこともあるでしょう。よって、社会の側から仕組みで補完する必要があります。具体的には、「対話を促すフィールド」や「必要な助けが適切に得られるようなプラットフォーム」を用意することが社会の役割となるのではないでしょうか?

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