街場の米中論(ブログ用)

《要点》
◆現在の世界政治のアクターである全ての政治単位は、それぞれに「自分は地理的にどこを棲息地と定めているのか?」、「自分はどのような歴史的使命を果たすべく存在するのか?」についての深みのある集合的意識を「思考の下部構造」(アフメト・ダウトオウル)としている。その下部構造(定数)と、その政治単位が採用している現実の政策(変数)を一致させる努力を「戦略」と呼ぶ。

アメリカにはアメリカの戦略(あるいは趨向性)があり、中国には中国の戦略(あるいは趨向性)がある。それを見分けることができれば、彼らが「なぜこんなことをするのか?」、「これからどんなことをしそうか?」について妥当性の高い仮説を立てられる。

◆アメリカのカウボーイは、南北戦争が終わった1865年から、大陸横断鉄道が敷設された1890年までの間に期間限定的に存在したのみで、しかも移民が中心の職業であったにもかかわらず、アメリカ人はカウボーイを理想的な国民像として抱いている。

故郷を持たず、いかなる集団にも帰属しない独立独行の人。宵越しの金は持たず、妻も子もなく、トラブルの解決は司法に委ねず、自分の拳か銃でけじめをつける。そして、英雄的な行為の後に黙って荒野に消え去る。そういうタイプの男に、「リバタリアニズム」の理想を投影した。

1862年にリンカーンが「ホームステッド法(自営農地法)」を発令すると、自営農になり土地を獲得するチャンスを求めて、ヨーロッパから大量の移民が入植し、カウボーイと対立するようになった。カウボーイはアメリカの近代を創り出したにもかかわらず、その後自らが創造した社会からお払い箱を宣言されて、生業も居場所を失い、荒野に放逐された。「本当のアメリカ人」はそういう悲劇的宿命を生きるという点に、アメリカ人は深く共感している。

◆アメリカがしばしば(誰も招いていないのに)遠い異国の密林や砂漠にまで「自由と民主主義の伝道」に赴き、そこで「その職務の遂行に際して、胸がむかつくような非情さと非人間性を示す」(レヴィ=ストロース)が、これはアメリカの反知性主義的な宗教文化のうちで涵養された政治的態度であるかもしれない。

◆アメリカがこれほどまでの強国になることができたのは、食い合わせが悪い自由と平等との間で深い葛藤を抱えているためである。

自由と平等の対立は、建国当初にまでさかのぼる。平等に軸足を置く「中央集権派(フェデラリスト)」と、自由に軸足を置く「地方分権派」の対立である。両者の妥協の産物として、アメリカ合衆国憲法は原則として常備軍を持たず(この事実は意外と知られていない)、軍隊の召集・維持の権限を連邦政府ではなく連邦議会に与え、同時に市民の武装権を認める、という条文になっている。

◆「シオン賢者の議定書」のような陰謀論がはびこるのは、一神教信仰と関連がある。だが、それが現代アメリカのように病的に亢進したのには「ポストモダニズムの劣化」という別の理由がある。ポストモダニズムは近代合理主義に対し、「君たちが見ているのは幻想だ」と手厳しい批判を加えた。すると、批判された側は「どうせ自分が見ているのは幻想だ」、「幻想を見て何が悪い」と反知性主義的に居直ってしまった。

◆ヨーロッパ各地で市民革命が起きた1848年の世代、いわゆる「48年世代」がヨーロッパからアメリカに移住し、アメリカに平等の概念を持ち込んだ。マルクスのアメリカ移住計画は実現しなかったが、マルクスは当時ニューヨーク最大の新聞であった『ニューヨーク・トリビューン』に52年から61年までの間記事を寄稿し続けた。南北戦争の直前の10年間、アメリカの知識人はマルクスの政治記事を読んでいた。マルクスはリンカーンとも交流があった。

1870年から1900年までの30年間は「金ぴかの時代」と呼ばれ、資本主義が急激に発展し、平等は沈黙した。しかし、1917年にロシア革命が起きると、資本家は「赤色恐怖」に取りつかれた。アメリカにおけるマルクス主義の息の根を止めた人物の1人にジョセフ・マッカーシーがいる。マッカーシーは三流の人間であったが、大規模な「赤狩り」によって一国の様々な領域を数年間にわたって混乱に陥れた。

アメリカにおける自由と平等の間の深い葛藤は解決不可能なのか?文学の世界では「アメリカ文学の父」と呼ばれるマーク・トウェインが『ハックルベリー・フィンの物語』によって、音楽の世界ではキングと呼ばれたエルヴィス・プレスリーがポピュラー音楽、カントリー&ウェスタン、R&Bの3チャートで1位を獲得したことによって、自由と平等の間の国民的和解が実現したようにも思えた。

しかし、1951年から56年の間にフォークソングがどのチャートでも1位になっておらず、それは自由が平等を攻撃したマッカーシズムの影響であると指摘したのは大瀧詠一である。

◆少子高齢化、急激な人口減に直面する中国は、「資源の都市一極集中・農村の切り捨て」と「資源の地方への分散」という2つのシナリオのどちらかを選択しなければならない。しかし、前者では国が持たないことは明らかである。

「自分たちにも資源を分配しろ」と主張する人々は、その正統性の根拠として、「中国共産党が何を目指して革命闘争を行ったか?」に着目するだろう。その意味で、中国共産党は平等の実現を目指した原点に立ち戻ると考えられる。事実、教育の商品化を禁止した「双減(シュアンジェン)政策」は、その兆候だと言ってよい。

◆今後の世界を見通すために、アメリカの政治学者、外交専門家の書物を読むようにしている。彼らの間では、アメリカが勝つでも中国が勝つでもなく、世界は多極化するという「カオス論」が勢いを得ている。統治原理、人権、命の重さ、社会的フェアネスについて考え方が全く異なる「不愉快な隣人たちと共生する術」を学ばなければならないと論じる人が増えている。

アメリカが追求する「自由」と中国が追求する「平等」は食い合わせが悪いが、両者の対立を調停する第三の原理は「友愛」しかない。自由と平等は理性が導いた概念であるのに対し、友愛は「惻隠の心」という人間性の奥底から自然発生的に生まれる身体反応である。

《感想》
『街場の米中論』というタイトルで、米中の比較統治論から今後の国際政治の見通しを立てようと試みた1冊です。ただし、著者の内田樹氏が「はじめに」でエクスキューズしているように、本書の大半はアメリカの話に費やされています(内田氏を擁護すると、内田氏は過去に『街場のアメリカ論』(2005)と『街場の中国論』(2007)という両方の本を出版しており、決してバランス感覚を欠いているわけではありません)。

僕は以前からぼんやりと、「国家同士が共通の目的を持つことが難しくなり、価値、信条、宗教など算術的な利害に還元できず、それゆえに調整不能なものの対立が激化している現代においては、『同床異夢の政治学』が必要なのではないか?」と思っていたのですが、内田氏も同じようなことを書いていました。

「『どちらもそれについてだけは合意できる点』を探して、それを目標にする。お互いの顔を見て、対話を試みようとするから、うまくゆかないのである。対話も説得もとりあえず諦めて、代わりに、全員が共有できる目標を掲げて、同じ方向をめざす。顔と顔を向かい合わせているから気持ちが荒むのである。お互いに遠くの一点を見ている分には(たぶん)それほど腹も立たないだろう。(中略)『とにかく生き延びる』という共通目標を掲げる」(p235)

通常、「どちらもそれについてだけは合意できる点」として、政治学の専門家などは地球温暖化の解決、SDGsへの取り組みなどを挙げます。しかし、内田氏は目標のハードルを大きく下げて、「とにかく生き延びる」という目標ぐらいしか設定できないと述べています。僕もそう思います。

地球規模の課題ですら、国によってとらえ方が異なり、国家間の協力は絶望的な状況です。真の意味でどの国家にも共通する利益とは、「自らが生き延びること」でしかありません。アメリカも中国もさすがにこの点には同意するでしょう。

ただし、アメリカの場合は「中国の力を削ぐことによって自らが生き延びる」、中国の場合は「アメリカを覇権の座から引きずり下ろすことで自らが生き延びる」という形で目標が修飾され、極端な方向に振れています。

米中両国に挟まれた日本にできることは、その目標のリスクを両国にそっと知らしめることぐらいではないかと思います。つまり、仮に両国の願望が叶い、「全世界のアメリカ化」もしくは「全世界の中国化」が実現されると、それは全体主義となって中長期的にはアメリカや中国を内部から崩壊させることに気づいてもらうのです。米中を同床異夢の状態にとどめ置くことは、結果的に日本が生き延びることにもつながります。

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