僕が言う「伝統的経営」とは、経営者の確固たる経営理念やビジョンを全ての出発点とする経営のことです。
経営理念があるからこそ、「経営理念を実現するために重要となるターゲット顧客は誰か?」、「そのターゲット顧客のニーズは何か?」、「同じニーズをめぐって競合する他社はどこか?」、「ターゲット顧客のニーズを充足し、競合他社と差別化するにはどんな製品・サービスを提供すればよいか?」と、戦略を構想することが可能となります。
「伝統的経営」は、マネジメントの父であるピーター・ドラッカーから始まり、世界的ベストセラーとなった『ビジョナリーカンパニー』シリーズで知られるジェームズ・コリンズで頂点に達したと僕は考えています。
経営理念とは、企業や組織が何のために存在するのか、その究極的かつ固有の目的を表すものです。そして、優れた経営理念は、経営者の人生のあり方に重要なインパクトを与えた原体験に根差しています。逆に、原体験がない経営者が経営理念を策定すると、「革新的な技術で世界の課題を解決する」などといった、平凡かつ抽象的で求心力のないものになってしまいます。
原体験に基づく経営理念と言う場合、僕は「自分―他者」、「成功―失敗」という2軸でマトリクスを作って、4つのタイプを想定します。
①自分が過去に強烈な成功を味わったので、それと同じ成功を世の中の人にも経験してほしいというもの、②自分が過去に手痛い失敗をしたので、それと同じ失敗を世の中の人にしてほしくないというもの、③他者が大きな成功を収めたのを見て、それと同じ成功を世の中に広めたいというもの、④他者が大きな失敗に苦しんでいるのを見て、同じような境遇にある世の中の人を救いたいというもの、の4つです。
先日、僕が経営コンサルティングでお付き合いをさせていただいている経営者のうち、原体験に基づく経営理念を最も重視している方の企業で、社員を集めて経営理念に関するワークショップを開催しました。すると、社員が皆、経営理念の意味を現実の仕事にまで具体的に落とし込んで理解している様子がうかがえて、深い感銘を受けました。
翻って、自分自身のことを考えてみると(僕も個人事業主という意味では経営者です)、原体験が貧弱です。
原体験になりそうな出来事はたくさんありました。前職のベンチャー企業は、大手コンサルティングファーム出身の非常に優秀な社員が集まる企業だったのですが、社員数が50人ぐらいになった頃から事業は迷走し、社内はギスギスし、業績が悪化して債務超過に陥り、何度かリストラを繰り返した後に、最後には消滅してしまいました。企業を去った社員のその後も決して幸せなものではなく、自殺した人もいると聞きます。
一時期、僕はこの経験と向き合って、「同じ経験をするベンチャー企業が出ないようにしよう」と思い、「社員50人の壁を超えるお手伝いをする」という経営理念を掲げたことがあります。前述の②のパターンです。しかし、本当に心の底からその経営理念を信じているかどうか解らなくなり、いつしか口に出すのを止めてしまいました。あの経験は確かに強烈ではあったけれども、自分の人生を賭してまで乗り越えようとは思えなかったのでしょう。
僕は20代の終わり(前職のベンチャー企業に在籍していた時)に精神疾患を発症し、退職後、30代のうちに5回心療内科・精神科に入院したことがあります。これもまた強烈な経験ではあったものの、だからと言って、同じような境遇にある人に共感して何とかしてあげたい、とはなりませんでした。
中小企業診断士として独立後、あるベンチャー企業の新規事業を支援したことがあります。その新規事業が見事にコケて、(僕がそのベンチャー企業とまずい契約を結んでいたこともあり、)金銭的に大ダメージを受けたこともあります。とはいえ、その失敗を糧に、「ベンチャー企業の戦略をもっとしっかり支援しよう」という気持ちは湧き起こりませんでした。
「伝統的経営」は経営の王道であるのに、経営者に原体験がなければ始めることができない―これが「伝統的経営」の限界であるとぼんやり感じるようになりました。そこで最近僕が言い出しているのが「新しい日本的経営」というものです(今日の記事では詳細は割愛します)。そのヒントになればと思い、様々な本を読み、様々な人と会っています。
ある経営者から、「谷藤さんは何でそんなに勉強するのですか?」と聞かれたことがあります。「色んな中小企業を見てきて、経営学の王道を実践するだけの力が不足している企業がたくさんあることに気づきました。だから、王道ではない新しい経営のあり方を確立したいと思って勉強しています」と僕がふんわり答えたところ、「そんな”弱い原体験で”よくそこまで勉強する原動力になりますね」と返ってきました。
その言葉が妙に印象的で、やはり僕は強い原体験を持ち得ない人間であると改めて認識させられたのでした。「伝統的経営」を実践する経営者をコンサルティングで支援することはできても、自分自身が「伝統的経営」の体現者になることは無理だと悟りました。だからこそ、原体験に根差した経営理念がなくとも曲がりなりにも成立する「新しい日本的経営」を具現化したいと思っているところです。
《「伝統的経営」と「新しい日本的経営」の比較についてはこちら》
中野信子『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』―「運のいい人」があるなら「運のいい企業」もある?
《「伝統的経営」と「新しい日本的経営」の比較についてはこちら》
中野信子『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』―「運のいい人」があるなら「運のいい企業」もある?
コメント