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近年、「人的資本経営」が注目を集めています。人的資本経営とは、人材を「コスト」ではなく「資本」としてとらえ、人材に対して適切な投資を行い、人材の価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげようとする経営のあり方です。

そして、人的資本経営を実現する上で外せないキーワードの1つが「エンゲージメント」です。アメリカでは、2020年に米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して「人的資本の情報開示」の義務化を発表しており、自社のエンゲージメントサーベイの結果を公表している企業も少なくありません。

英語のエンゲージメント(engagement)には、約束、契約、債務、婚約、雇用、交戦、(歯車などの)かみ合いといった様々な訳語があてられますが、概して「関係性」や「絆」を中核とする概念です。

企業経営の文脈でエンゲージメントと言う場合、「従業員の1人ひとりが企業の掲げる戦略・目標を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲」(新居佳英・松林博文〔2018〕『組織の未来はエンゲージメントで決まる』英治出版)、「組織への愛着を伴った働きがい」(志田貴史〔2023〕『中小企業も実践できる従業員エンゲージメントの教科書』中央経済社)などと定義されます。

僕自身は、「『企業が存在する目的』と『社員が働く目的』の重なり具合を大きくすることで、社員1人1人が顧客と自社に対して自律的に価値貢献する意欲」と理解しています。「(2つの目的の)重なり具合を大きくする」という部分に、関係性や絆といったニュアンスを含ませています。「企業が存在する目的」とは、今風に言えば「パーパス」のことです。

多くの人は、エンゲージメントを高めるには、まずはマネジメントが自社のパーパスを明確にし、社員と共有することが大切だと言います。そして、社員の中でパーパスが腹落ちし、社員が自らの仕事に意味づけを行って、パーパスを実践できるように支援することが必要であるともされます。

ここで僕には1つの葛藤があります。というのも、僕の知り合いの企業で、経営陣がパーパスを非常に重視しており、社員もパーパスと日々の自分の仕事をよく紐づけて仕事に打ち込んでくれているのに、社員の離職が止まらない、というところがあるからです。パーパスを中心に考えるだけでは不十分なのではないか?という気がしています。

このモヤモヤを解決するには、エンゲージメントと類似する他の概念も視野に入れるとよいのかもしれません。エンゲージメントと似た言葉として、「従業員満足度」、「モチベーション」があります。3つの関係性を僕なりに整理したのが下図です。

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従業員満足度は、会社の居心地のよさを表しています。待遇や福利厚生がよく、職場の人間関係も悪くないから、「今日、会社に行こう!」と思える感覚です。ただし、会社に満足しているからと言って仕事を頑張るとは限りませんから、従業員満足度が高くても、短期的にちょっとパフォーマンスが上がることぐらいしか期待できません。

もう少し中期的に「当面、この仕事を頑張ろう!」という感覚がモチベーションです。社員が上げた成果を上司や周りが承認したり、社員にもっと重要な仕事を与えたりすることによって、モチベーションは上がります。そして、従業員満足度と比べると、高いパフォーマンスが実現されます。「給与を上げてもやる気は3日しか持たないが、重要な仕事を与えれば3か月はやる気が上がる」と、ある銀行の役員がおっしゃっていました。

エンゲージメントは、さらに長期的に社員のパフォーマンスを上げることにつながります。エンゲージメントが高い社員は、「ずっと、この会社で働こう!」と思います。そのために必要なことは、パーパスの共有と社員1人1人の仕事の意味づけであることは先に述べました。

上図は、「従業員満足度やモチベーションを上げるだけでは不十分であり、エンゲージメントを向上させなければならない」ことを表しています。しかし、別の見方をすると、「いきなりエンゲージメントを向上させようとしてもダメであり、まずは従業員満足度を上げ、次にモチベーションを上げなければならない」ことも意味しているのです。パーパス経営をしているのに離職率の高さに悩んでいる知り合いの企業には、この観点が不足しているのかもしれないと考えられます。

エンゲージメントを向上させるには、従業員満足度やモチベーションのことも考慮しなければなりません。そして一般的には、組織の現状を把握し、問題点を特定し、原因を究明して解決策を実行する、という流れになります。

現状把握と問題の特定には、しばしば定量的なサーベイが用いられます。前述の『組織の未来はエンゲージメントで決まる』の著者である新居氏は株式会社アトラエの代表取締役であり、同社は「wevox」というエンゲージメントサーベイのサービスを展開しています。

wevoxは①職務、②自己成長、③健康、④支援、⑤人間関係、⑥承認、⑦理念戦略、⑧組織風土、⑨環境という9つのキードライバーでエンゲージメントを測定します。この9つを見ると、エンゲージメントを従業員満足度やモチベーションも含めながら広くとらえているように感じます。例えば、⑤人間関係や⑨環境は従業員満足度と関連しており、①職務、⑥承認はモチベーションと関連しているように見えるからです。

こうした外部会社のサーベイを使ったコンサルティングをめぐって、僕にはもう1つの葛藤があります。通常、サーベイで問題点が明らかになると、それを解決する施策を実行することになるのですが、ややもすればそうした施策は対処療法的なものになってしまうのではないか?ということです。

具体的には、wevoxで③健康のスコアが低い場合、禁煙手当やジム手当を支給しましょうとか、⑦理念戦略が低い場合、経営陣が社員全員と1on1をしましょうとなりますが、果たしてそれで十分なのか?ということです。

同じことは、我々中小企業診断士がよく行う財務分析についても言えます。一例を挙げると、流動比率(※)が低い場合、顧客と個別交渉して売上債権の回収期間を短くするか、仕入先と個別交渉して支払いまでの期間を遅らせられるとよい、といったアドバイスをすることがあります。

もちろんそれも重要ではあるものの、根本的には最初から売掛金を早く回収でき(現金回収が最強です)、買掛金の支払いが長くなるような事業ドメインを選択し、ビジネスモデルを設計することで、流動比率に一喜一憂しなくてもよい状態を作ることが価値のあるコンサルティングであるように思えます。

(※)企業の短期的な債務の支払能力を表す指標で、流動資産÷流動負債によって求められる。流動資産とは1年以内に現金化・費用化する資産のことで、現金・預金、受取手形、売掛金、棚卸資産、前渡金、前払金、短期貸付金などが該当する。流動負債とは1年以内に支払期限が到来する負債や、営業取引によって発生した負債のことで、買掛金、支払手形、未払費用、 前受収益などが該当する。

よく、コンサルティングを医師の仕事に例える人がいます。医師が血液検査などで健康上の問題を発見し、問題に対応した薬を処方するように、コンサルタントも定量的な分析やサーベイなどを通じて問題を見つけ、それを解決する施策を”処方”するのだ、というわけです。

僕はこの考え方があまり好きではありません。医師の薬は確かにありがたいですが、患者が本当の意味で健康になるには十分ではありません。仕事上のストレスで急性胃炎になった患者に薬を処方したとしても、その人が仕事への取り組み方や周囲との人間関係を変えたり、ストレスを上手に発散する方法を身につけたりしなければ意味がありません。そして残念ながら、多くの医師はそこまで踏み込んだサポートをしていないでしょう。

財務分析の目的は、財務諸表をきれいにすることではありません。エンゲージメントサーベイの目的も、エンゲージメントのスコアを上げることではありません。企業の目的は顧客の創造(ピーター・ドラッカー)であり、それ通じて自然と財務諸表がきれいになり、エンゲージメントのスコアが上がるように事業をデザインすることがコンサルタントの真の仕事ではないかと考えます。

エンゲージメントに関して言えば、

・企業がこれまで掲げてきた存在目的と、今いる社員1人1人の仕事の目的を擦り合わせた時、企業の本当のパーパスは何になるのか?
・そのパーパスを実現する上で重要な顧客は誰か?その顧客のどんなニーズに着目し、どんな製品・サービスを提供するのか?
・その顧客群と社員は本当にお付き合いしたいと思うか?その製品・サービス群が提供する価値は、社員の本当の共感を呼ぶか?
・その顧客群や製品・サービス群には、取り組みやすいものからチャレンジングなものまでバランスよく含まれているか?
・顧客群に製品・サービス群を提供する具体的なビジネスモデルは何か?そのビジネスモデルの下で、社員に対して十分な給与を支払うことができるか?
・そのビジネスモデルを実行するための具体的な仕事を、社員1人1人の仕事の目的に適うように、いかにして分担するか?また、社員同士の協働が自然と生まれるよう、組織をどのように設計するか?

などといった問いに答えられるコンサルタントでありたいと僕は思います。

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