チュチェ思想入門(ブログ用)

《要点》
◆チュチェ(主体)思想とは、朝鮮労働党および北朝鮮の指導指針とされる思想である。マルクス・レーニン主義を朝鮮の現実に適用したもので、公式には1966年以降に金日成によって提唱されたことになっているが、実際にチュチェ思想を確立したのは黄長燁(ファンジョンヨプ)である。当時北朝鮮内にいた中国派・ソ連派を排除し、金日成の権威づけをするのが目的であった。

「主体」とは、表向きは「人間を何よりも尊び、人間こそ世界、自然、社会の運命を切り開く主人公と位置づけて、社会を変える民衆を愛する」人間第一の考え方である。しかし、その実現のためには、集団の「頭脳(革命的血統を引き継ぐ首領による領導)」、「神経・命令系統(党・先覚者集団=エリート)」、「手足(労働者・農民=民衆)」がそれぞれ役割を発揮する「社会政治的生命体」を形成し、頭脳が神経・命令系統を通じて手足を教え導くことが必須とされる(「領導芸術」と呼ばれる)。チュチェ思想の下では、政治的生命は肉体的生命よりも重い。

◆韓国にもチュチェ思想を信奉する人々がいて、彼らは「チュサッパ(主思派)」と呼ばれる。「韓国チュチェ思想の父」と呼ばれるのが金永煥(キムヨンファン)である。韓国の政権に対峙する思想として北朝鮮から持ち込まれ、学生活動家の間でチュサッパが増えていった。韓国にはチュチェ思想派の団体が数多く存在し、慰安婦問題の解決を謳った「梃対協(現、正義連)」もその1つである。

2000年6月に金正日と初の南北首脳会談を成功させて「南北共同宣言」を出したリベラリストの金大中は、チュチェ思想による朝鮮半島の民主化の過程で重要な役割を果たした「民主人士」と言われている。金大中の路線を引き継いで大統領になったのが廬武鉉で、その下で居候弁護士をしていたのが文在寅である。文在寅の同志である朴元淳(パクウォンスン)は、ソウル特別市長時代にチュサッパの団体に多額の予算をつけた。

文在寅とその同志たちが「南の革命戦士」代表として金正恩に宛てた「誓詞文」を読むと、韓国の政官界に多くのチュサッパが入り込んでいることが解る。

◆日本にもチュチェ思想を学習する人々がいて、その核となるのが「チュチェ思想研究会」である。世界中のチュチェ思想研究グループおよび研究会を束ねる「チュチェ思想国際研究所」は南池袋にある。日本でチュチェ思想研究会を創立したのは尾上健一である。チュチェ思想研究会には「自主の会」という別働隊があり、「日本民族の自主化」、「沖縄の自主化」を掲げ、脱原発の運動や沖縄の基地反対運動、アイヌの権利を拡大する運動を取り込んでいる。

チュチェ思想は、日教組(「教えることで人を変えられる」というチュチェ思想は教員にとって魅力的である)、大学教授(社会の公正を研究する人にとって、チュチェ思想の平等主義は響きやすい)、ユニオン(労働組合)(チュチェ思想の説く解放の論理は労働者の救いである)、さらには仏教界(金閣寺・銀閣寺の住職が北朝鮮と関係が深い)にも深く入り込んでいる。

◆日本共産党はチュチェ思想の成立過程に微妙に絡んでいる。しかし、1968年に韓国で青瓦台襲撃未遂事件、続いてアメリカのプエプロ号拿捕事件が起きると、米朝の間に緊張が走り、日本共産党は北朝鮮と距離を置くようになった。全斗煥の命を狙ったラングーン事件(1983年)、ソウル五輪の妨害を企図した大韓航空機爆破事件(1987年)を日本共産党は激しく批判している。

新左翼の赤軍派が引き起こしたよど号ハイジャック事件(1970年)の実行犯は、北朝鮮に亡命した後、北朝鮮でチュチェ思想の徹底した教育を受けた。実行犯は皆独身であったことから、チュチェ思想の次世代継承のために、日本のチュチェ思想研究会の協力の下、日本人配偶者の獲得事業が行われた。さらに、日本で革命を進めるにあたって日本人の同志を作る目的で、世界の日本人留学生を拉致する作戦を取るようになった。これが日本人拉致問題の一部である。

日本人拉致問題について国会で初めて質問したのは、実は日本共産党である。ところが、不破哲三が朝鮮総連との関係を改善して以降、日本共産党は拉致問題やミサイル問題などに対して沈黙を守るようになった。日本人拉致は金正日の命令によって起きたことは明らかであるのに、「北朝鮮の特殊機関が暴走した結果だ」として、金一族を免罪する論理を持ち出している。

◆在日朝鮮人1世の人々は、いずれ祖国へ帰ろう、せめて子どもの世代は祖国に帰ってほしい、そのために朝鮮語や朝鮮文化を学ぶ機会を作りたいという純粋な想いから、全国各地に朝鮮学校を創設した。しかし、今や朝鮮学校はチュチェ思想を教え込む場と化している。自民党政権に交代した2013年以降、朝鮮学校は無償化対象から外れたが、朝鮮学校が民族教育を行うのであれば、日本ではなく北朝鮮から補助金をもらうべきである。

チュチェ思想は沖縄やアイヌにも入り込んでいる。辺野古への新基地移設反対の運動には、韓国のチュサッパも加わっている。北朝鮮も沖縄も反米感情を抱きやすい環境にある。沖縄の人々は、北朝鮮がチュチェ思想を通じて独立を勝ち取ろうとする方向性に魅力を感じるらしい。また、チュチェ思想が民族の自主を唱えていることは、アイヌにとって普遍的な哲学思想だと映るようである。

《感想》
本書は、北朝鮮の政治体制の根底にある「チュチェ(主体)思想」についての1冊です。著者の篠原常一郎氏は数十年にわたり日本共産党の職員であったことがあり、筆坂秀世参議院議員の公設秘書を務めた経験もあります。現在、著者は共産主義の影響を脱しているようですが、「チュチェ思想とは共産主義の変形思想と言うべきもの」(p7)という理由からチュチェ思想に詳しく、本書を執筆したとのことでした。

1950年代後半から、中国とソ連は国際共産主義運動の原則などをめぐって論争を激化させました(中ソ論争)。北朝鮮はこの対立を見ながら、「中国やソ連のどちらかに味方して支援を受けることを期待してはいけない。自国を守る理論を自ら確立しなければならない」と決意しました。その結果、体系化されたのがチュチェ思想です。

北朝鮮が自国を何から守るのかと言えば、西側諸国の資本主義や帝国主義からです。彼らは、資本主義や帝国主義によって自国が虐げられていると感じています。よって、自主的な革命によって資本主義や帝国主義を打倒し、理想とする社会主義の実現を目指します。チュチェ思想を一般化するならば、「自らを攻撃するおかしな存在に対しておかしいと声を上げ、自分の身を自分で守るための理論」です。だから、「自分が虐げられていると感じている人」とは非常に親和性が高いです。

本書では、日本や韓国でもチュチェ思想を信奉する人々が少なくないと書かれています。特に日本では、反原発運動や反米軍基地運動、アイヌの自治を求める運動とチュチェ思想が結びついていると言います。「原発や米軍基地、アイヌ差別はおかしい」と声を上げるのに、チュチェ思想は都合がよいのです。

もう1つ、チュチェ思想と親和性が高いグループがあります。それは「知識人」です。知識とは、古い知識の問題点を指摘し、それに代わる知識を提示し、新しい知識の正しさを証明することによって高度化していきます。本来、新しい知識の正しさを示すには、厳格な科学的アプローチに従う必要があります。しかし、それには大変な労力と費用がかかります。

繰り返しになりますが、チュチェ思想は「自分の身を自分で守るための理論」です。言い換えるならば、自分を正当化する理論です。したがって、知識人にとっては、自分が提唱しようとしている新しい知識を手っ取り早く正当化するのにチュチェ思想が好都合となるわけです。知識人と虐げられている人はお互いに共感を示し、両者は手を組んで革命を目指します。

ところが、実際の北朝鮮を見ていると、「虐げられている人」も「知識人」もチュチェ思想によって幸せになっているとは到底言えません。北朝鮮で唯一絶対的とされるのは金一族の思想であり、金一族の独裁体制に逆らえば、「虐げられている人」も「知識人」も居場所がありません。チュチェ思想に基づく独裁体制によって、「虐げられている人」はもう一度虐げられ、「知識人」は知識を禁じられるという矛盾に直面しているのです。

チュチェ思想は「自主自立の理論」です。換言すれば、自由と平等に基づく理論です。それがどうして独裁体制に帰結してしまうのでしょうか?皆が平等で、同じように自由を発揮すれば、普通は衝突が生じます。それを解消するために独自の理論的道筋をつけると、独裁体制に行き着くのではないか?と僕は考えます。

つまりこういうことです。

平等であるとは、人間が皆同じであるということです。考え方も価値観も信条も同じだと見なします(本来の平等とはそういうものではないのですが)。そういう社会においては、たった1人の人間が自由に物事を考え、実行すれば、他の人間も同じように自由を体現したことになります。だから、独裁者が社会を統治することで自由と平等が問題なく両立する、というストーリーです。

「チュチェ思想は主体や自主を求める思想であるにもかかわらず、これを信奉している人たちには主体も自主もなく、上からの命令に服従しているに過ぎないのです。北朝鮮の国民にとってチュチェ思想は強制ですが、日本や韓国でチュチェ思想を信奉している人たちは、そもそも主体や自主を求めるチュチェ思想を信奉すること自体、自分自身に主体や自主がないという矛盾にまずは気づくべきです」(p208)

著者は最後にこのように警告しています。

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