DXの思考法(ブログ用)

《要点》
◆本書の目的は、IX(インダストリアル・トランスフォーメーション:デジタル化によって、企業だけでなく産業・市場そのものに変革をもたらすこと)の「地図のようなもの」を描くことである。

まず必要なのは、自分の企業をとりあえず横に置いた時に、今のデジタル化の世界がどうなっているかを示す白地図(ただし、猛烈なスピードで変化する白地図である)のようなものである。そして、その地図に自らの存在とそれがもたらす変化を書き込んでいく(絶対空間があると考えたニュートンは、まず地があってその上に図を描いたが、絶対空間を否定したアインシュタインは、まず図があってそれで地ができると考えた)。

◆日本の高度成長期を支えた発想は、「工場内ではヨコ割り、事業部門間・企業間ではタテ割りで経験を積み、熟練を磨き込むことが強い」、「業種というタテ割りの中で戦う/政策を考えると勝てる」という個別特殊性の高いものであった。しかし、デジタル化のロジックは全く異なる。

エイダ・ラブレスに始まり、アラン・チューリング、クロード・シャロンらコンピュータを生み出した人々に共通していたのは、「この手を打てば、今目の前にある具体的なもの以外のものも含めて、何でも処理・解決できてしまうのではないか?」という抽象化である。

◆かつてのソフトウェアは、タテ割りを生み出すピラミッド構造であった。ピラミッドには頂点=最終的に計算したいものがあり、部品(個々のプログラム)はその頂点を実現するためだけに書かれていた。

ところが、顧客からシステム連携・統合が求められるようになると、ネットワーキング層、データの保存や解析を行う層、ユーザとのインターフェース層など、ヨコ割りのレイヤー構造ができ上がった。レイヤーが重層的であればあるほど、コンピュータがゼロイチの計算でできることと、人間が解決を求める課題との距離が縮まる(レイヤー構造について、本書ではスペインのレストラン「エルブジ」を用いてユニークな説明がされている)。

コンピュータの世界と人間の課題を近づけるには2つの軸がある。1つはコンピュータサイド(サプライサイド)から見た軸である。アリババは、計算処理基盤、データ解析という基本的な2層(ウェディングケーキに例えられる)に、オンライン出店をサポートする層、製品デザインから出荷までのサプライチェーンをコーディネートする層などを重ねていった。

もう1つは人間から見た軸である。人間の経験(課題)を質的な要素・パターンに分解できるか?という課題に取り組んだのは、夏目漱石である。彼は『文学論』の中で、人間の求める経験もまた、ミクロな情緒のパターン(feeling)とマクロな認識のパターン(Focus)からなる(F+f)という形式のレイヤー構造で表現できるとした。

◆ネットフリックスは『ノー・ルールズ・ルールズ』で紹介された特異な組織文化が注目されがちだが、実は「システムアーキテクチャが組織を規定する」という「逆コンウェイの法則」が働いている点こそ重要である。自らのビジネスモデルをレイヤー構造でとらえ、Amazonのクラウドサービス(AWS)など外部のレイヤーを徹底的に活用すると同時に、顧客の視聴経験を最適化する部分だけは自社開発にこだわった。

日本の経営者がやるべきは、まずは自社のビジネスを(従来のビジネスモデル図ではなく、)レイヤー構造で描写することである。そして、利用可能な外部のプロダクトやサービスを活用する。「本屋の本棚にある本を買え」というわけだ。その上で、本屋にない本=内製すべきシステムを特定し、開発する。自社開発のリソースに制約がある中小企業の場合は、「本棚を使い倒せばよい」。

◆ドイツ政府が提唱したインダストリー4.0をシステム構成の形で表した「RAMI4.0」という図は、製造業がピラミッド構造からレイヤー構造へと移行することの重要性を示唆している。実は日本でも、RAMI4.0が公開される以前から、ダイセル社の網干工場でそれが実現されていた。工場の化学プラント内で異常がないか、熟練のオペレータが様々なデータをモニタリングしながら判断していた暗黙知をパターン化し、全てレイヤー構造のソフトウェアで表現したのである。ダイセル社はそのシステムを自社の他工場、他部門、さらには他社にも展開している。

対象になっている世界をパターンの組み合わせで理解すると、フィジカルな対象を横切ってとらえ(つまり、タテ割りを打破し)、さらにはサイバー空間の中での経験も含めて、サイバーとフィジカルの間をもまたいで横につなぐことができる。

◆ビジネス、産業、社会は、データを使って駆動する複雑なシステムである。それらのシステムは、データを価値に結びつけるという役割を果たすためにある。そのデータと価値とが結びつくメカニズムを形として表現すれば、レイヤー構造になる。経営者はアーキテクチャが技術的な話だからと言って、技術者任せにしてはならない。なぜなら、顧客や社会にどのような価値を提供するか決めるのは経営者であるからだ。

アーキテクチャで考える時には、これまでの思考法から離れる必要がある。決められたルールや目に見えるモノから発想するのではなく、解決すべき課題を抽象化してから初めて具体化しなければならない。また、解決策を得る時に、何かのルールを固定してしまおうと発想するのではなく、パターンを探りそれを組み合わせて解決策を作ろうという発想への転換が求められる。

◆従来、社会のガバナンスには中央集権的な国家か、自律分散的な市場かのどちらかしかなかったが、これからの時代には両者の中間形態が必要となる。社会のガバナンスを考える上でも、経営と同様に、社会全体をレイヤー構造でとらえるべきである。それを国家レベルで実践しているのが、インドのインディア・スタックというデジタル公共基盤である。インディア・スタックは、GAFAなど民間事業者が提供するレイヤー構造に公共的なレイヤーをサンドイッチのように挟み込んで、様々な公共サービスを提供している。

日本で人口減少下にあるローカル経済圏も、レイヤー構造でとらえることが出発点となる。スマートシティやスーパーシティに必要なシステムをそれぞれの地方自治体が独自に開発するのは現実的ではない。ツールは地域間で共通にしつつも、ソリューションはローカルにできるようなアーキテクチャを構築するべきである。さらに、地方公共団体と民間サービスの中間的な法人格である「ローカルマネジメント法人」が、地域内で必要なサービスを総合的に提供することが望ましい。

《感想》
DXとは、デジタルの力を借りて自社のビジネスモデルを変革(トランスフォーメーション)し、顧客に新たな価値を提供することです。ただ、自社の新しいビジネスモデルのデザインに関しては、これまで定まったアプローチがあるわけではありませんでした。

本書は業界・業種の壁を越えたIX(インダストリアル・トランスフォーメーション)の「白地図」を提供することで、どの業界・業種にも共通するDXへの取り組み方を提示している点で非常に画期的です。とはいえ、あらゆる業界・業種で通用することを目指しているため、本書の内容は全体を通じて抽象度が高く、心して読む必要があります。

20241105_IX時代の白地図

僕なりに理解したところでは次の通りです。IX時代の新しいビジネスモデル(厳密に言えば、本書はビジネスに限定せず、社会全体をスコープに入れているので、社会モデルと言った方がよいでしょう)は「レイヤー構造」をしています。最下層にはゼロイチで計算する最も単純なレイヤーがあり、最上層には人間の複雑で多様なニーズ(課題)があります。

最下層の単純なレイヤーだけでは、人間の複雑な課題を解くことができません。そこで、間にネットワーキング層、データの保存や解析を行う層、ユーザとのインターフェース層など、複数のレイヤーを挟み込んでいきます。

それぞれのレイヤーは複数のコンポーネントを含んでおり、各レイヤーのコンポーネントの組み合わせのパターンによって、様々なソリューションを生み出すことができるようになります。レイヤーが重層的であればあるほど、コンポーネントの組み合わせが増えるので、全体のシステムが充足可能な人間のニーズの幅が広がります。世界が多段階のレイヤーで構成されるようになることを、著者は「ミルフィーユ化」と呼んでいます。

アメリカの「イノベーターの中のイノベーター」とでも呼ぶべきGAFAは、それぞれ特定のレイヤーを丸々独占しています。独占されていないレイヤーにおいても、レイヤー内には様々な企業によって既に多種多様なコンポーネントが用意されています。

では、企業がこれからイノベーションを起こす余地はもうないのでしょうか?そうではありません。むしろ、イノベーションを起こす絶好の環境が整っていると見るべきです。Netflixやインドのインディア・スタックは、GAFAが用意したレイヤーや、既にあるコンポーネントを活用した上で(「本屋の本棚を使い倒す」)、顧客に価値を提供するのに真に重要なコンポーネントを特定して開発リソースを集中投下し(「本棚にない本を探す」)、イノベーションを実現しています。

いつもの繰り返しになりますが、僕は経営のタイプを「伝統的経営」、「アメリカ型イノベーション」、「新しい日本的経営」の3つに分けて考えています。伝統的経営とは、市場をセグメンテーションしてターゲティングを行い、ターゲット顧客の具体的な課題を解決するものです。解決策(=製品・サービス)の道筋はある程度見えており、解決策は自社で作り込む傾向が強いです。

これに対して、アメリカ型イノベーションはアプローチが違います。伝統的経営のように市場を細分化せず、全世界に共通する課題に取り組みます。個人的に本書で決定的に重要だと感じたのは、イノベーションを起こすには、「この手を打てば、今目の前にある具体的なもの以外のものも含めて、何でも処理・解決できてしまうのではないか?」という抽象化の発想です。これがあるからこそ、アメリカ企業は世界にインパクトを与えるイノベーションを生み出すことができるのだろうと思います。

興味深いことに、アメリカ型イノベーションの場合、目的=解決したい抽象的な課題は設定できても、それを具体的に解決する手段=技術は、最初の段階では見えていません。本書には、「アポロ計画や現在の完全自動走行システムの場合には、システムの開発に着手した段階では、完成段階で具体的にどんな技術が開発されているのか、あるいは開発できないのか、不確実である」(p173)といった記述があります。

世界に共通するビッグイシューを解決しようとするのですから、その具体策がいきなり見通せるほどの大天才はさすがにいない、ということなのでしょう。そこでイノベーターは、ひとまずはありものの技術を組み合わせて(「本屋の本棚を使い倒す」)、アジャイルで動きながら、本当に開発が必要な技術を見極めていきます(「本棚にない本を探す」)。

やや話が逸れますが、このアプローチと類似したアプローチを、ピーター・ドラッカーは第2次世界大戦中の著書『産業人の未来』の中で、「改革の原理としての保守主義」と呼んでいます。ドラッカーは、アメリカ独立革命やそれに刺激を受けたイギリスの保守反革命について(両者は社会的イノベーションと言えます)、「理想は描くが青写真は描かなかった」と評しました。

両国とも、実現したい社会の普遍的な目的はあったのですが、それを実現する具体的な政治的・社会的・経済的制度に関しては、唯一で完璧なものを求めなかった、という意味です。既に手にしている多様な制度を上手に活用しつつ、時に矛盾を含みながらもそれらを組み合わせ、一方で役に立たなくなったものはすぐに捨て去るという態度で、目的を実現していきました。これをドラッカーは、保守主義に特有の問題解決志向、実証志向だと指摘しました。

アメリカ型イノベーションの萌芽は、アメリカ独立革命の頃に既に見られたと言ってもいいのではないでしょうか?ただし、ドラッカーが後年に著した『イノベーションと企業家精神』は、この保守主義との関連性が見出せず、イノベーションというよりもマーケティング(つまり、伝統的経営)の本であるかのような印象を受けるのが残念なところです。

本書は新しい日本的経営に対してどんな示唆を与えてくれるでしょうか?著者は、ローカル経済圏において、「ローカルマネジメント法人」という中間的な存在が「本棚を使い倒す」ことでレイヤー構造を構築し、ある程度の地域独占によって地域全体の課題を解決していく必要があると述べています。

僕は今、茨城県土浦市という、人口約14万人の典型的な地方都市に住んでいます。そして、妻は土浦市内で中小企業の役員を務めています。以前、妻が新規事業を始めるにあたって、僕が「ターゲット顧客を明確にした方がよいのではないか?」と助言したところ、「こんな狭い商圏でターゲティングなどしたら、自社のビジネスが小さくなって成り立たない」と反論されたことがあります。確かにその通りだと思いました。商圏内の全ての潜在顧客を獲得するぐらいの気概がないと、地方では事業が成立しないのです。

また、妻の会社はご多分に漏れず経営資源が限られていたので、新規事業を始める際に、既に世の中にある手段(=世の中に出回っているサービス)をかき集めて、自社のビジネスを作り上げていきました。新規事業がスタートした時点では、自社で一から独自に開発した部分は最小限に過ぎませんでした。この2点において、ある程度地域独占をするべきとか、「本棚を使い倒す」べきといった著者の主張にはうなずけるところがあります。

一方で、レイヤー構造を構成するために、自社が解決したい課題を、業界・業種の壁を越えて抽象的に設定しなければならない、という点は引っかかります。僕は、その抽象化でつまずく中小企業がどうしても多いのではないかと危惧します。解決したい抽象的な課題も実現したい未来像も見えていない中で、とりあえず既成の手段をフルに活用し、具体的な未来を少しずつ創造していく、換言すれば解決できる顧客の課題の幅を徐々に広げていくという、エフェクチュエーショナルなアプローチが現実的ではないでしょうか?

明治時代の日本は、西洋の列強に追いつくために、西洋の優れた技術や制度を取り入れました。僕は、日本に近代国家としての抽象的な課題が先にあって、それを解決する手段を西洋から導入したわけではないと思っています(「西洋の列強に追いつく」というのは、課題ではなく単なる目標です)。あくまでも、利用価値のある西洋の手段をあれこれと組み合わせた結果、近代日本国家ができ上がったと考えます。明治の日本と同じことを、現代の中小企業はもう一度やればいいのだと思います。それが”新しい”日本的経営です。

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