
《要点》
◆一般的に、不確実な取り組みに際しては、まず行動を起こす前にできる限り詳しく環境を分析し、最適な計画を立てることが重視される。目的(例えば、新事業の成功)に対する正しい要因(成功するための最適な計画)を追求し、予測可能性を高めようとする思考様式のことを「コーゼーション(causation:因果論)」と呼ぶ。
これに対して、「エフェクチュエーション(effectuation:実効理論)」とは、高い不確実性への対処において、予測可能性ではなくコントロール可能性を重視する代替的な意思決定のパターンを指す。目的ではなく一組の手段を所与とし、それを活用して生み出すことのできる効果(effect)を重視するという特徴がある。エフェクチュエーションは、熟達した起業家に対する意思決定の実験によって発見された思考様式で、経営学者サラス・サラスバシーが命名したものである。
エフェクチュエーションには5つの原則がある。
【①手中の鳥の原則】「目的主導」で最適な手段を追求するコーゼーションとは対照的に、自分が既に持っている「手持ちの手段(資源)」を活用し、「手段主導」で何ができるかを発想し着手する。ここで言う手段として、サラスバシーは「私は誰か?」、「私は何を知っているか?」、「私は誰を知っているか?」という3つのカテゴリーを挙げている。さらに、組織や社会の中に存在する「余剰資源」を加えることもできる。
【②許容可能な損失の原則】あるアイデアを実行するかどうかを決める際、コーゼーションでは、期待できるリターン(期待利益)の大きさが判断基準となる。一方、エフェクチュエーションでは、「失うことを許容できる範囲」においてのみ資金を使ったり、出費をできるだけ抑えようとしたりする。予期せぬ事態は避けられないという前提の上で、最悪の事態が起こった場合の損失をあらかじめ見積もり、それが許容できるならば実行する。
【③レモネードの原則】コーゼーションでは、不確実性を低減するために追加的な情報を収集・分析する。これに対して、エフェクチュエーションでは、予期せぬ事態は不可避的に起こると考え、むしろ起こってしまったそのような事態を前向きに、テコとして活用する。「レモネードの原則」という名称は、「人生が酸っぱいレモンを与えるなら、レモネードを作れ(When life gives you lemons, make lemonade.)」という英語の格言に由来する。
【④クレイジーキルトの原則】事業を発展させるにはパートナーの存在が不可欠である。コーゼーションのパートナーシップは「ジグソーパズル」に例えられる。すなわち、完成すべき絵は最初から決まっていて、起業家が1人だけでは全てのピースを持っていない場合に、それを持っている人にパートナーとして作品作りに参加してもらう。起業家はパートナーに対して、自分のアイデアの「売り込み(selling)」を行う。
他方、エフェクチュエーションのパートナーシップは「パッチワークキルト」である。それぞれのキルト作家は、自分の好みで集めた様々なパッチの入ったカゴと、得意な技術を持っている。それらを自らが美しく有意味だと考えるパターンに並べることで作品をデザインしていく。起業家はパートナーに対し、どのような形であればともに未来を共創できるかと、オープンな「問いかけ(asking)」を行う。
【⑤飛行機のパイロットの原則】コーゼーションは「不確実な未来の中で、予測可能なものは何か?」に焦点を合わせるのに対し、エフェクチュエーションは「予想できない未来の中で、コントロール可能なものは何か?」に焦点を合わせる。
今日の航空機にはオートパイロットシステムが搭載されており、計画通りに進む限りにおいてはオートパイロットによる巡行が可能である。それでもパイロットが搭乗するのは、計画された航路を外れてしまった場合など、何らかの不測の事態が発生しても、パイロットが操縦桿を握る(=コントロールする)ことで対処できるからである。
◆本書は10章から構成されているが、第9~10章は共著者である中村龍太氏がエフェクチュエーションを実践した物語となっている。中村氏はフリーランスとして活動すると同時に、サイボウズ株式会社にも勤務している。
フリーランスとしてのエフェクチュエーションの物語から学べるポイントは以下の通り。
①手持ちの手段がないと感じても心配することはない。手中の鳥はそもそも持っているものであり、自分の関心が様々な経験や人との出会いによって意味づけされることを通じて自然と生まれ出てくる。
②手中の鳥は他人を「巻き込む」ことによって得られることもあるが、偶発的に他人から「巻き込まれる」ことによって増えることもある。
③パートナーからのコミットメントを引き出すには、思い切って「おねだり」をしてみる。日本人には「問いかけ」よりも「おねだり」の方がしっくりくる(ただし、相手と自分がWin-Winになることが条件)。
④クレイジーキルトを作るパートナーもまたエフェクチュエーターであると見極めることが重要である。
サイボウズ株式会社のエフェクチュエーションの物語から学べるポイントは以下の通り。
①あるアイデアを実行する際、許容可能な損失をどの責任者・権限のレベルで意思決定するのかを見定める。アイデアが部で許容可能な損失の範囲内でなければ、許容可能な損失内で動ける組織にアラインしたアイデアに修正する。
②(往々にしてコーゼーションで動く)経営陣を説得するには、エフェクチュエーションでやろうとしていることと自社のビジョンを結びつけて意味づけする。
③事業計画が全く不要というわけではない。「見立てとしての事業計画」は必要である。ただし、事業計画を達成することに固執するのではなく、事業計画を次の手段を紡ぎ出す「資源」と見なす。
《感想》
「エフェクチュエーション(effectuation:実効理論)」とは、インド出身の経営学者サラス・サラスバシーが提唱したもので、優れた起業家が実践する行動原則に関する理論です。
エフェクチュエーションの反対語は「コーゼーション(causation:因果論)」です。コーゼーションにおいては、まずは「目的」を設定し、その目的を実現する「ために」どうするか?と発想します。これに対して、エフェクチュエーションでは「手持ちの手段」から出発し、それらを使って何ができるか?と発想するのが大きな違いです。
コーゼーションとエフェクチュエーションは、どちらがより優れているというものではありません。我々は普段から両方を使っています。サラスバシーは例として料理を挙げています。「今日はカレーを作りたい」と思って、カレーを作るための具材をスーパーで買ってくるのがコーゼーションです。一方、冷蔵庫の中をのぞき、その中にある材料を見ながら、あれが作れそう、これが作れそうと考えるのがエフェクチュエーションにあたります。
経営の場合、一般的には最初に企業の目的・存在意義としてのミッションやビジョンがあり、それらを実現する「ために」ターゲット顧客を設定し、その顧客のニーズを満たす「ために」製品やサービスを開発し、その製品・サービスを製造・販売する「ために」組織を作る、といった形で、企業はコーゼーションによって合理的に動くものとされてきました。
エフェクチュエーションでは、起業家は自分が持っている手段から出発します。手持ちの手段とは、自己認識(アイデンティティ)、知識、能力、資産、人脈などのことです。それらを使って小さなアクションを起こし、時には偶然の出来事もテコにしながら、周りの人たちを巻き込んで事業を大きくしていきます。
コーゼーションとは僕が日頃から口にしている「伝統的経営」のことであり、逆にエフェクチュエーションは「新しい日本的経営」と親和性があります。僕は「新しい日本的経営」をまとめるにあたって、エフェクチュエーションの考え方を大いに取り入れたいと思っています(「日本的」と名前がついているのに、海外のコンセプトを拝借するのは、自分でもやや矛盾を感じますが、ひとまずその点は措いておきましょう)。
伝統的経営は、いわゆる「PDCAサイクル」に従って実行されます。他方、新しい日本的経営は「STARサイクル」に従うのではないか?というのが僕の仮説です。STARサイクルとは、Situate(状況を設定する)⇒Tramp(ふらふらと歩く)⇒Active Feedback(前向きに振り返る)⇒Relate(つなげる)の頭文字を取ったものです。PDCAサイクルとSTARサイクルでは、各フェーズにおいて答えるべき問いが大きく異なります。


本書を読んで、STARサイクルにエフェクチュエーションの5つの原則を対応させてみました。Situateには「手中の鳥の原則」と「許容可能な損失の原則」が、Trampには「レモネードの原則」が、「Relate」には「クレイジーキルトの原則」が、そして全体を貫く形で「飛行機のパイロットの原則」が対応しそうです。
Active Feedbackに対応する原則がないのですが、前向きな振り返りを行う際には何を心がければよいのだろうかと思案していたところ、けーりん(2024)『戦略的いい人 残念な人の考え方』(すばる舎)という本に出会いました。けーりん氏が実践しているのもエフェクチュエーションに近いと僕は解釈しており、同書では「Bridgeの視点」という言葉が繰り返し使われています。
「Bridgeの視点」とは、AさんとCさんの間に立って、「Aさんは○○が優れている」とCさんに伝えることでAさんの価値づけ(T-UP)をしたり、また「Cさんのおかげで○○が上手く行った」とAさんに伝えることでCさんの価値づけをしたりすることです。これによってAさんもCさんも自分の味方となり、2人の協力を得ながら活動の範囲を広げることが可能になる、というわけです。
要するに、Bridgeの視点とは、相手の長所や貢献に目を向け、それを別の人に伝えるコミュニケーションのことです。こうした視点がActive Feedbackでは有効であり、次のRelateにつながっていくと感じられました。
先ほど、新しい日本的経営はエフェクチュエーションと親和性が高いと書きましたが、実は両者は完全にイコールではないと僕はとらえています。
第一に、エフェクチュエーションによってスタートした起業家も、やがてはコーゼーションの割合を高めていくとサラスバシーは述べています。しかし、新しい日本的経営では、可能な限りずっとエフェクチュエーションを貫きたいと思っています。
というのも、コーゼーション=伝統的経営は、高い次元の目的を設定して、その目的を実現するために不足している資源を調達し、能力を開発するという高度な努力を要求します。ややもすれば、働く人にとって息苦しい労働環境となるおそれがあります。エフェクチュエーションは手持ちの手段から出発する限り無理がありませんし、偶然を活かすという点で予想外の楽しみがあります。これからの人生100年時代、働く期間はずっと長くなります。せっかくなら、苦しみながらよりも楽しみながら働きたいものです。
第二に、サラスバシーは、エフェクチュエーションは「直感」に基づく経営ではないとも主張しています。ただ僕は、新しい日本的経営においては、むしろ直感を大切にしたいと考えています。
世の中には、「なぜこれが売れるのか?」、「なぜこれで成果が出るのか?」すんなりと腑に落ちないことが山のようにあります。理論肌の人はロジカルにもっともらしく分析を試みるものの、それでは現実の後追いになってしまい、自ら新しい未来を創造することはできません。「理由は解らないけれど、何となく楽しそうだから」、「何となくお客様が喜んでくれそうだから」といった、身体知が教えてくれるサインによって次々と行動を起こすと、既存の理論の枠内に収まらない新たな世界が開けるような気がします。
第三に、サラスバシーはエフェクチュエーションを「熟達した起業家」を対象とした研究から導き出しました。熟達した起業家とは、繰り返し起業に成功した人のことです。しかし、エフェクチュエーションを必ずしも熟達した起業家に限定する必要はないと僕は思います。
現在は副(複)業・兼業が推奨されています。また、企業や組織に就職するのではなく、最初から起業することもキャリアの選択肢の1つとなっています。もちろん伝統的経営に従うのも一手ですが、伝統的経営では新規事業を始めるハードルが著しく上がります。
例えば、飲食業未経験の人が「飲食店をやりたい」と思い立った場合、専門学校に通って調理師免許を取り、開業に必要な資金を調達し、店舗が入る物件を探し、厨房機器などを購入し、スタッフを採用・教育し、集客のために広告に投資しなければなりません。熱意でこれらのハードルを乗り越えられればよいのですが、そんな人ばかりではないでしょう。
エフェクチュエーションとは、端的に言えば「自分にできることをできる範囲で始める」という行動様式です。その意味で、伝統的経営と比べて新規事業のハードルが大きく下がります。僕は、エフェクチュエーションが伝えたかった最大のメッセージは、「起業にあたって無理をしない」ということだと思います。新規事業を興すスキルが多くの人に求められるようになった今の時代、エフェクチュエーションをこうした人々にとっての応援歌に昇華させたいというのが僕の願いです。
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