冒険する組織のつくりかた(ブログ用)
「戦略」、「戦術」、「ターゲティング」、「競合他社(敵)」、「参謀」、「トップダウン」、「指揮命令」、「リーダーシップ」など、経営の世界では軍事的な用語が多数用いられています。
今日に至るまで、組織で働くたくさんの人たちが、まるで”軍隊”にいるかのような景色のなかで、あたかも”戦争”をするかのように仕事をしてきたというのは、一面の真理ではないでしょうか?

私はこのような暗黙の見方を『軍事的世界観』と呼んでいます。これまでのビジネス・会社経営は、あまりにも『軍事的なものの見方』に傾倒しすぎていたのではないか?―これが、本書の根底にある問題意識です。(p12)
軍事的世界観が支配的な企業では、企業は競合他社=敵を打ち負かし、社員は自社のために人生を捧げることが当然のこととされていました。それで企業が業績を上げ、社員にも相応の分配がもたらされていた間はよかったのですが、時代は変わりました。企業は限られた市場のパイを奪い合うのではなく、多様なプレイヤーと新たな価値を共創しなければなりません。社員も、自社のことより自らの自己実現を優先する人が増えています。

こうした変化に合わせて、企業は軍事的世界観を新しい世界観へとアップデートする必要があります。その新たな世界観を著者は「冒険的世界観」と呼んでいます。ただし、「冒険的世界観」とは、単にリスクを取って新たなことにチャレンジしよう、という意味合いではありません。
冒険的文化は、軍事的文化のように新たな価値を探し求める「外部志向性」と、家族的文化のように個人の想いに寄り添う「柔軟性」とを併せ持っています。これは言い換えれば、組織による「社会的ミッションの探究」と、個人による「自己実現の探究」とを両立させようとする考え方です。(p46)
ピーター・ドラッカーは半世紀も前から、組織の目的やビジョンと、知識労働者の欲求や価値観とを調和させる必要性を繰り返し強調してきました。しかし、実際には両者を調和させることは容易なことではありません。だから、組織の目的やビジョンを優先させる軍事的世界観(か、社員の欲求や価値観を優先させる家族主義的経営)しかないと思われてきたのです。冒険的世界観は「探究」という言葉を用いて、両者の調和を決して諦めない姿勢を表しています。

冒険的世界観が実現されている組織として、本書ではしばしば『ONE PIECE』に言及しています。

バラバラな夢とバラバラな能力を持った異能の集団がコラボレーションすることで、不確実な世界を乗り越えるための圧倒的な推進力が生まれる―これが麦わらの一味のストーリーに見られる基本的なモチーフなのです。(p50)
まさに「麦わらの一味」がそうであるように、冒険する組織においてはそれぞれの個人が”同じ船”に乗り込むときの思惑はバラバラです。軍事的組織であれば、できるかぎり内部の統率性を高めて、みんなを「同じ方向」に向かせようとするでしょう。しかし、冒険する組織はそんなことはしません。その「バラバラ」を許してしまうことが、この組織ならではの特徴なのです。(p135)
このくだりを読んだ時、冒険的世界観は僕の言う「新しい日本的経営」と親和性が高いのではないか?と感じました。「新しい日本的経営」も、経営理念やビジョン、基本的価値観で全社員を同じ色に染め上げるようなことはしません。たまたまその場にいた多様な個人が、それぞれに面白い、楽しいと感じることを追求する中で、偶発的に協働が生まれ、運よく経済的、社会的、文化的、政治的な価値が創造されることを目指しているからです。

本書と「新しい日本的経営」には、その考え方においていくつかの共通点がありました。

①軍事的世界観を完全には捨て去らない:著者は必ずしも、軍事的世界観から冒険的世界観に完全にシフトしようと主張しているのではありません。軍事的世界観から生まれた様々な経営のフレームワークは今でも有益であり、役に立つものは使えばよいというスタンスを取っています。

「新しい日本的経営」では、PDCAサイクルに代わって「STARサイクル」を提唱しています。最初のS=Situateとは、まず人々が集まれる状況を作ることを意味します。言い換えれば、最低限ビジネスが成り立つような状況のことです。顧客がいて、場合によっては社員がいて、必要に応じて設備投資をして、それでいて何とか利益が出るという状況です。軍事的世界観における経営のように精緻な戦略を作らなくてもよいのですが、「新しい日本的経営」においても、いくつかのフレームワークを利用しながら、事業の見通しを立てておくことは必要だと感じています。

②危機感を煽らない:組織を変革しようとする時、リーダーはメンバーの危機感を煽ることが有効だと言われることがあります。これは、アメリカの経営学者ジョン・コッターが提唱した「変革の8プロセス」の影響を受けたものです。著者は、危機感を煽れば一時的にはメンバーのモチベーションは上がるだろうが、長期的にはメンバーを疲弊させる恐れがあると指摘します。

この点は僕も同感です。「新しい日本的経営」とは、メンバーが楽しいことや面白いことに夢中になれるような幸せの経営のことです。内発的動機によって、メンバーのモチベーションが長く続く状態を作りたいのです。外から与えられる危機感は「新しい日本的経営」にとって敵でしかありません。

③深い相互理解をする:著者によれば、冒険的世界観においてはメンバー同士の深い相互理解が不可欠です。メンバーがそれぞれの自己実現を目指せるような職場を作ろうと思えば、メンバー全員がお互いの興味関心などをよく理解しておくことが大前提となるからです。

「STARサイクル」のAはActive Feedback(前向きなフィードバックをする)です。単なるFeedbackではなく、Activeという形容詞がついているのがポイントです。Tramp(放浪する)でたまたま出会った顧客、社員、取引先、その他パートナーについて、「この人はこんな価値観で動いている」、「あの人はこれが楽しいと思っている」などと、相手について理解したことをお互いに正直にフィードバックし合います。こうして得られた相互理解は、「○○さんがそれを面白がっているなら、この価値観を持つ○○さんと一緒にしてみよう」といった具合に、次のRelate(つなぐ)で活きてきます。

④未来の可能性を見出すフィードバックをする:通常、フィードバックと言うと、相手に直してほしい点、改善してほしい点を伝えることだとされます。著者はもちろんそのような手厳しいフィードバックを全て否定するわけではありません。しかし、メンバーはお互いに相手の自己実現を手助けする存在であるという考えに立つと、相手の未来の可能性を拓くようなフィードバックも重要となります

Active Feedbackでも、「あなたが○○を面白いと思うならば、きっと○○もできるはずだ」、「あなたが○○という価値観を持っているならば、○○さんと一緒に仕事をしたらきっと楽しいことが起きそうだ」といった具合に、未来に向けたフィードバックを行います。繰り返しになりますが、こうした前向きなフィードバックが、次のRelateで活きてくるのです。

⑤暗黙知を大切にする:ナレッジマネジメントでは、組織の中に埋もれている暗黙知を形式知にしてメンバー間で共有することが目的とされてきました。しかし、全てが形式知になると、仕事は誰でもできるものになってしまい、「私は何のために働いているのか?」、「私らしさとは何か?」といった悩みに苛まれることになります。メンバーの自己実現を探究するのであれば、暗黙知を暗黙知として尊重することも大切になります。

「新しい日本的経営」は、マネジメントの原理原則と企業の業績との因果関係の中に、運や偶然が大きく入り込む余地を認めています。たまたま上手く行ったという成果でもよしとするのです。この点で、「新しい日本的経営」には再現性がありません。ということは、「新しい日本的経営」は形式知化することが困難なのです。「新しい日本的経営」を実践する当の本人たちにおいて、彼らにとってのみ固有の意味を持つ形で、知が蓄積されていきます。その得も言われぬ知が、彼らの個性を形作る重要なファクターとなるのです。

一方で、本書と「新しい日本的経営」との違いもあります。冒険的世界観は、「社会的ミッションの探究」と「自己実現の探究」とを両立させることを諦めない経営だと書きました。著者は、容易には両立しないこの2つの要素の間に、「組織アイデンティティ」と「事業ケイパビリティ」という別の要素を挟むことで、両立を目指します。

つまり、「社会的ミッションの探究」―「事業ケイパビリティの探究」―「組織アイデンティティの探究」―「自己実現の探究」という4つの探究に筋を通すことで、「社会的ミッションの探究」と「自己実現の探究」を両立させようと言うのです。

しかし、個人的には、一見すると企業の社会的ミッションとメンバーの自己実現が両立していないようだけれども、間に事業ケイパビリティ(=事業の強み)と組織アイデンティティ(=組織文化)を差し込むと両者が両立するようになるというのが一体どういうことなのか、どうも判然としませんでした。具体的な事例への言及もなかったと思います。

そもそも、「新しい日本的経営」は、明確な経営理念(=社会的ミッション)も強み(=事業ケイパビリティ)もないことを前提としています。 よって、「新しい日本的経営」は、著者が言うように4つの探究の筋を通す必要がありません。 メンバーがそれぞれ自分の楽しいこと、面白いことを追求した結果、組織から何やら幸福感があふれ出ているような経営こそが「新しい日本的経営」です。この点で、「新しい日本的経営」は冒険的世界観による経営よりもずっとシンプルです。