僕の人生を支えている7つの言葉(ブログ用)

僕はこれまでの人生で、何度も「言葉」に救われてきました。誰かの問いかけや励ましの一言で前を向くことができた日もあれば、本の中のたった一行、歌の中のワンフレーズが心の奥にずっと残り続けたこともあります。気がつけば、そんな言葉たちはお守りのように僕の中に積もり、今の自分を作っています。今日はその中から、特に僕の人生を支えてくれた「7つの言葉」を紹介したいと思います。

【①ビジョンも強みもなかったらどうすればいいのか?】
5年ほど前までの僕は、ピーター・ドラッカー的な「伝統的経営」の考え方をベースとしてコンサルティングの仕事をしていました。「伝統的経営」とは、創業者や経営者の原体験に基づく明確な経営理念・ビジョンに基づき、それを実現するための戦略を合理的に立案し、戦略を実行する上で不可欠となる強みを獲得しながら、論理的なストーリーで戦略を具現化する経営のことです。僕は、優れた経営にはこの道しかないと信じて疑いませんでした。

しかし、ある時妻(当時はまだ結婚前でした)から投げかけられたのがこの言葉です。妻のキャリアはここでは詳しく書けませんが、ほとんど一貫性がありません。そして妻の実家は家業を営んでいるのですが、この家業もまた時代に応じて何度も業態を大きく変化させています。「伝統的経営」からは大きく外れているのです。

妻には、自分や実家の家業にはビジョンや強みがないという認識があったのでしょう。それでも、妻は人生を楽しんでいるようでしたし、実家の家業ももう何十年と地元に根づいています(もちろん、苦労があったことも知っていますが)。ならば、いっそビジョンや強みがなくても人生や経営を面白くできる方法を探究してみようと思うようになりました。これこそ、僕が最近構想している「新しい日本的経営」の出発点です。

【②深い葛藤を抱えている人間は定着に居着かず、一度崩れた後も復元力が強い】
とはいえ、「新しい日本的経営」は未だにコンセプトレベルにとどまっており、具体的な方法論にまでは落とし込めていません。だから、いざお客様である中小企業を目の前にすると、慣れ親しんだ「伝統的経営」の手法に頼ってしまうのでした。やはり「伝統的経営」に基づいた仕事をするべきではないか?僕は大きな葛藤に直面していました。

そんな時、内田樹『街場の米中論』(東洋経済新報社、2023年)で読んだのがこの一文です。内田氏は、アメリカは自由と平等という食い合わせの悪い概念の間で葛藤を抱えているがゆえに強く、一方で中国のように中央集権型でシンプルな意思決定が末端まで通る国はかえって脆いという文脈の中でこの言葉を用いています。

内田氏の言葉を読んで、葛藤を内包していることは悪いことではなく、「伝統的経営」と「新しい日本的経営」の二兎追いをすればよいと考え直すことができました。今では、「伝統的経営」を実践したい企業には「伝統的経営」の手法でコンサルティングを提供し、「新しい日本的経営」を実践したい企業には、それがまだ未完成であることを了承していただいた上で、「新しい日本的経営」を一緒に実践してもらいつつあります。

【③魔法のように上手くはならない】
「伝統的経営」が論理性・合理性を重視する目的思考の経営であるのに対し、「新しい日本的経営」は、偶然や運、直感、身体知を重視する脱目的的な経営です。ここ数年、僕が何度も「新しい日本的経営」のことを訴求した甲斐もあってか、偶然や運が経営にとって無視できない重要な要素であることは比較的共感してもらえるようになった気がします。

一方で、運や偶然に頼ってどのように製品・サービスを開発し、必要な人材や資金を集め、さらに持続的な利益につなげるのか?という問いには僕はまだ答えられずにいます。収益を上げる道筋をロジカルに組み立てずに収益について記述するというのは、一筋縄ではいかないのです。

「魔法のように上手くはならない」とは、元プロ車いすテニス選手で、生涯グランドスラムを達成しているレジェンド・国枝慎吾氏がテレビのインタビューで語っていた言葉です。「新しい日本的経営」について考え始めたのは、僕が40代に入ってからとかなり遅いです。だから、僕は数年で結果を出したいと焦っていました。国枝氏の言葉は、そんな僕の心を軽くしてくれたのです。今では、50代になるまでの10年ぐらいをかけて、地味にしぶとく研究を続ければよいと、気楽に構えることができています。

【④よい例が第二次世界大戦中にセオドア・ローズヴェルト大統領の特別顧問をつとめたハリー・ホプキンズだった。当時重い病気にかかっていた彼は、歩くことさえ苦痛で、一日おきに数時間しか働けなかった。彼は重要なこと以外はすべて整理せざるをえなかった。しかし仕事上の成果は少しも損なわれなかった。それどころかチャーチルが「核心の大家」と呼んだように、戦時中のワシントンにおいて誰よりも多くの仕事を成し遂げた】
マネジメントの父であるピーター・ドラッカーには様々な名言がありますが、僕は『経営者の条件』(ダイヤモンド社、2006年)で紹介されているこのエピソードが好きです。僕は20代の終わりから双極症(双極性障害Ⅱ型)を患っています。双極性障害Ⅰ型のように、躁状態とうつ状態がはっきりとしたサイクルでやって来るわけではないものの、やはり思うように仕事ができない時期もあります。

そんな時は、ハリー・ホプキンズのエピソードで自分を勇気づけています。たとえ病気を抱えていても、毎日1日8時間働くことが難しくても、仕事のやり方を工夫すれば、大きな成果を上げられるのです。折しも、自民党の新総裁に選ばれた高市早苗氏が「働いて、働いて、働いて…」、「ワークライフバランスを捨てる」と発言して物議を醸しました。成果の大きさは労働時間に比例するという昭和・平成の発想はそろそろ手放してもいい時期かもしれません。

【⑤ある天才的な数学者がいた。彼は完全に孤独だった。そんな彼が生涯を研究に捧げてやっとたどり着けたのは二次関数にすぎなかった】
他人より短い労働時間でも大きな成果を上げるには、まさに「新しい日本的経営」で主張しているように、運や偶然を味方につけることが大切だと考えます。しかし、運や偶然は1人だけで頑張っていても呼び込めるものではありません。この小話は、妻から教えてもらったものです。天才的な能力を持っていながら、たった1人で研究していたがために、中学の数学で習う初歩的な二次関数しか導くことができなかったという悲劇の話です。

僕は、20代に2つのベンチャー企業に勤めて手痛い失敗をした影響か、組織の中で他のメンバーと協力して何かを成し遂げることに対する不信感がありました。そして、30歳になる直前に中小企業診断士として独立した後しばらくは、「仕事は1人で完結させるべきものだ」と思い込んでいました。しかしその結果、30代では目立った成果を上げることができませんでした。

40代になり、様々なバックグラウンド、価値観、能力を持つ人たちと協業するようになって初めて仕事が面白くなってきました。僕が予想していなかった方向に仕事が転がっていき、予想していなかった成果を出せるようになりました。「新しい日本的経営」がどんな形で完成を見るのか、今の僕には予想がついていません。ただ1つだけ言えるのは、他者の存在こそが「新しい日本的経営」を完成に近づけてくれるということです。

【⑥ひとつにならなくていいよ 価値観も理念も宗教もさ】
僕が中学生の頃から大ファンであるMr.Childrenの「掌」(2003年)という曲にある歌詞です。今、リベラルが何十年にもわたって主張し続けてきた多様性は危機に瀕しています。外国人や移民を排斥するポピュリズムは欧米だけのものだと思っていましたが、日本でも先の参議院議員選挙で参政党が議席を伸ばしたことで、多様性への寛容が少しずつ試される時代になってきました。

「伝統的経営」では、経営陣が掲げる経営理念やビジョンに共感する人材を採用するか、まだ価値観がまっさらな新人を集めて自社の価値観に染め上げることがよしとされます。つまり、理論的には誰もが同じ目的に向かい、同じ考え方をします。ところが、現実には同じ価値観の下に集められたはずの人材が仲たがいを起こし、職場の雰囲気を悪くするものです。つまり、同じ価値観を持つ人が集まるというのは1つの虚構にすぎません。どんな人との間にも無視できない違いはあるのです。

「新しい日本的経営」は様々な人々の相互作用から生まれる運や偶然を活かすという点で、多様性を重視する経営です。もちろん、自分と波長が合わない人もいるでしょう。しかし、そういう人も認め合い、付き合っていこうと僕は敢えて言いたいです。当然、癪に障る局面もあります。とはいえ、それだけの理由で気に食わない他者を次々と排除していけば、残るのは自分ただ1人です。それでは人生は全く楽しいものにならないでしょう。自分とは異なる他者と侃々諤々とやり合うから、人生は面白いのだと思います。

【⑦お子様とともに、泣いて笑って、ぶつかって解り合って、愉しんでください】
今年になって子どもが産まれました。本当に多くの方々からお祝いのメッセージをいただき、とてもありがたい気持ちになりました。数あるメッセージの中で最も僕の心に刺さったのがこの言葉です。

子どもは自分の分身ではありません。自分の思い通りになる存在でもありません。自分とは異なる立派な他者です。だから、⑥とも関連しますが、認め合う気持ちがなければなりません。他者と自分は本質的にぶつかり合う存在です。それでも、そのたびに相互理解が深まり、何か前向きな結果が偶発的に生まれると僕は信じています。人生が楽しいとは、他者を計画通りに動かしてストレートに目的を実現させることというよりも、他者との紆余曲折の中に深みのある認識が蓄積されていくことだと考えます。